米国保健福祉省(Department of Health and Human Services:HHS)は4年毎に戦略計画を更新し,使命と目標を定めている。2022~2026年のHHS戦略計画には以下の5つの目標が含まれている(1):
戦略目標1:質が高く手頃な価格の医療への公平なアクセスを保護・強化する
戦略目標2:国内および世界の健康状態と健康アウトカムを保護し改善する
戦略目標3:社会的幸福,公平性,経済的回復力を強化する
戦略目標4:全ての人々の信頼を回復し,科学と研究の進歩を加速させる
戦略目標5:信頼,透明性,および説明責任を構築するための戦略的マネジメントを推進する
その後,メディケア・メディケイドサービスセンター(Center for Medicare and Medicaid Services:CMS)はHHSの戦略計画に基づいて戦略計画を更新し,次の5~10年間の質に関する課題を定める。2022年のCMS戦略計画は以下の柱で構成される(2):
公平性の促進
アクセスの拡大
パートナーの参画
革新の推進
プログラムの保護
卓越性の促進
高齢者にケアを提供する医療従事者はこれら全ての目標および柱を意識し,高齢者ケアへのアプローチに組み込むべきである。包括的な目標は,患者体験を改善し,費用対効果が高く,質の高い安全なケアを提供することである。健康格差に対処し,医療の公平性を促進することが不可欠である。
患者や家族と協力してケアのパートナーとなることは,より有意義な患者中心のケアと,より効果的な予防および治療計画につながり,より良好な転帰をもたらす。医療従事者は,患者の様々な医療環境の間でケアを調整し,他の医療従事者,ならびに患者およびその家族と効果的にコミュニケーションをとる必要がある。加えて,高齢者医療の従事者は,地域社会と協力して,患者と公衆の健康維持を目標とした予防戦略を組み込んだベストプラクティスを作り出し,実行する必要がある。最後に,医療専門家,医療スタッフ,学者,研究者は政策立案者と協力して,医療をより公平かつ手頃な価格で提供できるようにしなければならない。
高齢者は複数の慢性疾患を抱える傾向にあり,認知的,社会的または機能的問題も有することがあるため,医療ニーズがより高く,不釣り合いに大きな医療資源を使用している:
入院率が最も高いのは65歳以上の人で,45~64歳の人の2.5倍以上である(3)。
妊産婦および新生児の周産期入院以外の入院費用にメディケアが占める割合は,45~64歳の人で25.1%,65歳以上の人で97%へと着実に増加している(3)。
1人当たりの救急外来の利用は,65歳以上の人で最も高い(人口1000人当たり538.3回)(4)。
65歳以上の従来のメディケア受給者のうち半数は,総所得の14%以上を自己負担分の医療費に費やし,85歳以上ではさらに多くを負担している(5)。
高齢者のうち,88%は1種類以上,36%は5種類以上の処方薬を服用している(6)。
複数の慢性疾患を抱えているために,高齢者は複数の医療従事者にかかり,かつ次々と医療環境を移動する可能性が高い。個々の医療環境を越えて一貫性のある統合的なケアを提供すること(ときにケアの継続性と呼ばれる)は,高齢患者にとって特に重要である。特に,患者がある医療環境から別の医療環境へ移行する場合,全ての医療環境で適切なケアを受けられるようにするには,プライマリケア医,専門医,その他の医療従事者,および患者とその家族のコミュニケーションが重要である。電子医療記録がコミュニケーションの促進に役立つことがある。
総論の参考文献
1.U.S. Department of Health & Human Services (HHS): Strategic Plan FY 2022–2026.
2.Center for Medicare and Medicaid Services (CMS): CMS Strategic Plan 2022.
3.Sun R, Karaca Z, Wong HS: Trends in hospital inpatient stays by age and payer, 2000–2015.HCUP Statistical Brief #235.Agency for Healthcare Research and Quality, 2018.
4.Moore BJ, Stocks C, Owens PL: Trends in emergency department visits, 2006–2014.HCUP Statistical Brief #227.Agency for Healthcare Research and Quality, 2017.
5.Cubanski J, Neuman T, Damico A, et al: Medicare beneficiaries’ out-of-pocket health care spending as a share of income now and projections for the future.Kaiser Family Foundation, 2018.
6.Qato DM, Wilder J, Schumm LP, et al: Changes in prescription and over-the-counter medication and dietary supplement use among older adults in the United States, 2005 vs 2011.JAMA Intern Med 176(4):473–482, 2016.doi: 10.1001/jamainternmed.2015.8581
医療環境
ケアは以下の環境で提供される:
医師の診療所:受診理由として最も多いのは,急性および慢性疾患のルーチンの診断および管理,健康増進および疾患予防,ならびに手術前または手術後の評価である。Medicare Part Bに12カ月以上加入している高齢者には,年次健診に対してメディケアが支払いを行う(制限および例外についてはMedicare Coverageを参照)。年次健診では,リスク領域の同定,疾患および障害の予防,認知障害のスクリーニング,ならびに予防計画の策定に重点を置く。
患者の自宅:在宅ケアは退院後に利用されることが最も多いが,入院は前提条件ではない。また,急性および慢性疾患に対するケア,ならびにときに終末期ケアを患者の自宅で提供する医療従事者が少数ではあるが増えてきている。Independence at Home Demonstrationと呼ばれるモデルは,重大な機能制限および複数の慢性疾患を有する患者にケアを提供するものである。ケアは医師,ナースプラクティショナー,薬剤師,およびソーシャルワーカーで構成されるチームによって提供される。このモデルはメディケアプログラムにおける大幅なコスト削減を示しており,患者および医療提供者の満足度も高い。
長期療養施設:生活支援施設,老人ホーム,高度看護施設,および生涯医療付き住宅地などがある。長期療養施設でのケアが必要かどうかは,患者の希望およびニーズ,ならびに家族に患者のニーズを満たす能力があるかどうかによってある程度決まる。入院期間が短縮される傾向があるため,一部の長期療養施設では,以前は入院中に行われていた急性期後ケア(例,リハビリテーションおよび高度看護サービス)も提供するようになっている。
デイケア施設:医療,リハビリテーション,認知的,および社会サービスを週に数日,1日に数時間提供する。
病院:重篤な状態にある高齢患者に限り入院させるべきである。入院そのものが,閉じこもること,不動状態,診断検査,および感染性微生物への曝露によって,高齢患者にリスクをもたらす。一部の病院は,病院レベルのサービスを自宅の環境で提供するプログラムを開発している。これらのプログラムは有資格看護師によって実施される長期治療を必要とする患者に特に有用であり,せん妄や一部の感染症などの院内で罹患する病態のリスクを低減する可能性がある。
長期療養型病院:重度の損傷および臨床的に複雑な病状(例,重度の脳卒中,重度の外傷,複数の急性および慢性疾患)を有する患者に,長期の病院レベルの回復およびリハビリテーションを提供する。回復して自宅に戻ることが期待できるものの,より長い期間を要する患者を対象とした施設である。
ホスピス:死を迎える人にケアを提供する。ホスピスの目標は,疾患を治すことよりも,症状を緩和し患者に安らぎを与えることにある。ホスピスケアは自宅,介護施設,または入院施設で提供される。
一般には,患者ニーズに相応しい,最も制限が少ない最低限のケアが行われるべきである。このアプローチは,財源を維持し,患者の自立性および機能を保護するのに役立つ。
集学的高齢者医療チーム
集学的高齢者医療チームは,様々な分野の医療従事者で構成され,共同で設定された目標の下に,資源および責任を共有しながら協調的かつ統合的なケアを提供する。
必ずしも全ての高齢患者が正式な集学的高齢者医療チームを必要とするわけではない。しかし,複雑な医学的,心理的,および社会的ニーズがある場合には,このようなチームの方が,単独で業務に当たる医療従事者よりも効果的に患者ニーズを評価し,効果的なケア計画を作成できる。集学的ケアを利用できない場合の代替策は,老年病専門医もしくは高齢者ナースプラクティショナー,または高齢者医療に関して経験と関心を有するプライマリケア医やナースプラクティショナー,医師助手(physician assistant)が管理を行うことである。
集学的チームの目的は以下の通りである:
患者がある医療環境から別の医療環境へ,およびある医療従事者から別の医療従事者へ,安全かつ容易に移動できるようにする
最も適した医療従事者が個々の問題にケアを提供できるようにする
ケアが重複しないようにする
包括的なケアにする
集学的チームは,ケア計画を作成,モニタリング,または改訂するために,率直に,自由に,かつ定期的にコミュニケーションをとらなければならない。主要なチームメンバーは,他のメンバーの貢献に対する信頼と敬意をもって協力し,(例,権限を委任する,説明責任を共有する,ケア計画を連帯して実施することによって)ケア計画を調整しなければならない。チームメンバーは,同じ現場で,非公式かつ迅速にコミュニケーションをとりながら,共に業務に当たる場合がある。しかしながら,テクノロジー(すなわち,携帯電話,コンピュータ,インターネット,遠隔医療)の利用が増加しているため,チームメンバーが異なる現場で働き,様々なテクノロジーを利用してコミュニケーションを強化していることも珍しくない。
一般的に,チームには医師,看護師,ナースプラクティショナー,医師助手,薬剤師,ソーシャルワーカー,心理士,およびときに歯科医師,栄養士,理学療法士,作業療法士,倫理専門家,緩和ケア医,またはホスピス医師を含む。チームメンバーは高齢者医療の知識,患者との親交,チーム作業に対する貢献,および高いコミュニケーション技能を有するべきである。
チームが効率的に機能するには,正式な体制が必要である。チームは,ケアに関して共有するビジョンを策定し,患者中心の目標を定め,目標達成の期限を設け,(チームの体制,作業,およびコミュニケーションについて協議するため)定期的に話し合いを行い,(品質改善策を用いて)継続的に進捗状況をモニタリングすべきである。
一般に,患者のニーズに応じてリーダーを交代すべきである;主要なケア提供者が患者の進捗について報告する。例えば,患者の病状が主要な問題である場合には,医師,ナースプラクティショナーまたは医師助手が話し合いを主導し,チームを患者および家族に紹介する。医師,ナースプラクティショナー,および医師助手はしばしば連携し,患者の病状がどのようなものか判定し,(鑑別診断を含めて)チームに伝え,その病状がケアにどのような影響を及ぼすか説明する。患者と家族がケアを調整する上で支援を必要とする場合は,ソーシャルワーカーが最も知識が豊富であり,したがってチームのリーダーシップを担うことができる。同様に,投薬に問題がある場合は,薬剤師がチームを指揮するのに最適な人物である可能性がある。一方,主要な問題が看護に関わるもの(創傷ケアなど)である場合は,看護師が率先して対応すべきである。
チームから得られた情報を医療上の指示事項に組み入れる。医師または医療提供者チームメンバーの1人は,チーム作業を通じて合意された医療上の指示事項を記載する必要があるとともに,患者,家族,および介護者にチームの決定事項を説明する。
正式な体制の集学的チームがないか,または実用的でない場合は,バーチャルチームを利用してもよい。このようなチームは通常,プライマリケア医が主導するが,高度実践看護師,医師助手,ケアコーディネーター,またはケースマネジャーが編成し管理することもある。バーチャルチームは情報技術(例,携帯用機器,電子メール,テレビ会議,電話会議)を利用して,地域社会または医療システム内で,チームメンバーとコミュニケーションをとり協力する。
患者,家族,および介護者の参加
最近のエビデンスは患者中心のケアを提供することの重要性を示しており,ケア提供者が患者の希望,ニーズおよび価値観に非常に大きな重点を置いていることを意味している。患者中心のケアの主な原則には,患者の希望の尊重,ケアの調整,患者と家族への情報および教育の提供,家族や友人に関わってもらうことや,身体の癒しと精神面のサポートの両方を提供することなどが含まれる。
医療従事者チームのメンバーは,患者および介護者をチームの一員として処遇する必要があり,それには例として以下のような方法がある:
チームの話し合いに患者および介護者を適宜参加させるべきである。
患者に自身のケアに関する希望や目標について尋ねるほか,チームが目標を設定する(例,事前指示書,終末期ケア,疼痛の程度)のを率先して手伝うよう患者に依頼すべきである。
薬物治療,リハビリテーション,食事計画,およびその他の治療法に関する話し合いに患者および介護者を参加させるべきであり,これらの治療や計画は患者の希望と合致しているべきである。
医療従事者チームは,患者および介護者の考えや希望を尊重すべきである(例,患者が特定の薬剤を服用しない場合,または特定の食習慣を変更しない場合に,それに応じてケアを変更できる)。
患者と医療従事者は率直にコミュニケーションを行い,患者が意見を封じたり,全ての提案に同意することがないようにしなければならない。認知障害のある患者を意思決定に参加させるべきであるが,ただし,医療従事者がコミュニケーションを患者の理解できる水準に合わせるようにする。医療上の意思決定能力は,それぞれの特定の決定事項に固有のものである;複雑な事項について意思決定を行う能力がない患者でも,それほど複雑でない事項については意思決定能力を有する場合がある。
家族を含む介護者は,患者の習慣およびライフスタイルに基づき,現実的な期待と非現実的な期待を識別することにより,協力できる。介護者は,どのような支援を提供できるかについても示すべきである。
より詳細な情報
有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。
Center for Medicare and Medicaid Services (CMS): Independence at Home Demonstration: Information about this care-in-the-home test model