レット症候群

執筆者:Stephen J. Falchek, MD, Nemours/Alfred I. duPont Hospital for Children
レビュー/改訂 2023年 7月
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レット症候群は,大半が女性でみられる神経発達症である。生後 6カ月まで正常な発達がみられた後に,発達が障害される。診断は小児期早期の発育発達中の症状・徴候の臨床的観察,定期的な身体および神経学的評価の継続,X染色体(Xq28)上の遺伝子の変異に対する遺伝子検査に基づく。治療は症状の管理に重点を置いた集学的アプローチによる。

レット症候群は,世界中の全ての人種および民族で出生女児10,000~15,000例当たり1例に発生すると推定される。大半の症例はランダムな自然変異であり,登録例の1%未満が遺伝性で,世代間で受け継がれる。遺伝子異常は父親由来のX染色体にみられる場合が大半であるが,父親で顕在化することはほぼないことから,この遺伝子異常は精子形成の過程で発生するという仮説が提唱されている。

レット症候群の典型的な臨床像を有する女児は,通常,出生前および分娩時に異常はなく,正期産で出生する。1本しかないX染色体に遺伝子異常がある男児は出生前に死亡することが多いため,男児が罹患者として同定される頻度は女児と比べてはるかに低い。

レット症候群の病因

通常,レット症候群はMECP2(methyl CpG binding protein 2)遺伝子の機能異常につながる変異により発生する。MECP2遺伝子はメチル化CpG結合タンパク質2(MeCP2)の産生に関与しており,このタンパク質は脳の発生に不可欠で,特定の遺伝子の発現を亢進させたり阻害したりすることができる。

レット症候群は必ずしもMECP2変異が原因というわけではなく,部分的な遺伝子欠失や非定型のレット症候群で脳の発達を妨げる他の遺伝子(例,CDKL5およびFOXG1)の変異,MECP2遺伝子の他部位の変異のほか,いまだ同定されていない他の遺伝子が原因で発生する可能性もある。

レット症候群の遺伝学的原因が同定されたことから,レット症候群はDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-5)による基準に基づいて自閉スペクトラム症(遺伝学的原因と一貫した関連性がみられないもの)から除外されている。

レット症候群の症状と徴候

レット症候群の経過,発症年齢,症状の重症度は症例によって異なる。

レット症候群の特徴は,早期の正常な発育・発達後,発達マイルストーンに遅延がみられ,手を揉んだり手を洗ったりする強迫的行動を伴って目的のある手の運動機能を失う退行が起こり,頭囲および脳の発育が遅延し,痙攣,歩行困難,および知的障害が起こることである。

4段階の病期がある:

  • 第1期(発症早期[early onset]):通常は生後6カ月から18カ月までの間に軽微な発達の遅延で始まる。症状として,アイコンタクトの少なさ,おもちゃへの関心の低さ,座位または這い這いの獲得の遅延,頭囲の発育遅延,および手もみなどがある。

  • 第2期(発達退行または急速崩壊期[developmental regression or rapid destructive stage]):通常は1歳から4歳までの間に始まる。発症は急速または緩徐で,目的のある手の運動機能および音声言語の消失を伴う。この時期に,手をもむ,たたく,洗う,弾く,繰り返し手を口に入れるなどの特徴的な手の動作が始まる。手の動作は睡眠中はみられない。無呼吸および過換気の発作など,不規則な呼吸も生じることがある。歩行は不安定で,動作の開始が困難である。社会的交流の障害およびコミュニケーションの障害など自閉スペクトラム症の症状と類似の症状を有する女児もいる。

  • 第3期(偽安定期[pseudostationary stage])通常は2歳から10歳の間に始まり,数年間続くことがある。この時期には,痙攣,運動障害,および失行がよくみられる。この時期では,啼泣,易刺激性,および自閉症様症状がときに減少する。この時期では,覚醒,コミュニケーション技能,注意の持続,および周囲への関心が増加することがある。

  • 第4期(後期運動機能悪化期[late motor deterioration stage])数年ないし数十年続くことがある。よくみられる特徴は,脊柱側弯症,可動性の低下,筋力低下,痙縮,または硬直などである。ときに歩行不能になる。音声言語が消失するために,コミュニケーションのための凝視が顕著になり,反復的な手の動作は減少する。

しばしば心臓の異常(QT延長など)を認める。発育は緩徐で,体重の維持が困難になる傾向がある。

レット症候群の診断

  • 臨床的評価

  • 遺伝子検査

レット症候群の診断は,小児期早期の発育・発達中の症状および徴候を観察し臨床的に行う。身体的および神経学的状態の継続的な評価が必要である。

臨床診断を補完するため,X染色体(Xq28)にあるMECP2遺伝子の変異とその他の交絡しうる遺伝子変異を調べる遺伝子検査が用いられる。

レット症候群の臨床診断を確定する手段として明示的なガイドラインが用いられている。そのガイドラインでは,臨床診断基準を必須診断基準,主要診断基準,支持的診断基準,および除外基準に分けている(1)。

必須診断基準は以下の全てである:

  • 一定期間の退行とそれに続く回復または安定化(重要基準)

  • 全ての主要基準

  • 全ての除外基準

主要診断基準は,目的のある手の運動機能の完全または部分的な喪失,反復的な手の動作(ねじる,絞る,叩く,こするなど),音声言語機能の完全または部分的な喪失,ならびに歩行異常(つま先歩きまたは不安定で両足を広く開いた強直性歩行)である。

除外診断基準は,外傷性脳損傷など同様の症状を引き起こす他の病態の存在,生後6カ月までに出現した精神運動発達の明らかな異常,神経代謝疾患,ならびに神経学的異常を引き起こす重傷感染症である。

支持的診断基準としては,覚醒中の呼吸障害,脊柱側弯症または後弯症,覚醒時ブラキシズム(歯ぎしり),睡眠パターンの異常,身長に比して小さい冷たい手足,末梢の血管運動障害,成長遅滞,筋緊張異常,顕著な眼によるコミュニケーション(「視線誘導」),不適切な笑いや叫び,痛覚の反応鈍麻などがある。典型的なレット症候群の診断には支持的基準は必須とされていないが,典型的なレット症候群と診断された小児がそれらの基準を満たすことがあり,非定型のレット症候群の診断につながる可能性もある。一定期間の退行後に回復または安定化がみられ,全ての除外基準に該当せず,かつ少なくとも2つの主要基準に加えて少なくとも5つの支持的基準を満たす小児は,非定型のレット症候群である。

診断に関する参考文献

  1. 1.Neul JL, Kaufmann WE, Glaze DG, et al: Rett syndrome: Revised diagnostic criteria and nomenclature.Ann Neurol 68(6):944–950, 2010.doi: 10.1002/ana.22124

レット症候群の治療

  • 症状の管理

  • 集学的チームによる支援

  • 抗てんかん薬および行動障害治療薬による痙攣発作および行動障害の治療

  • 場合によりトロフィネチド(trofinetide)の使用

レット症候群に根治的な治療法はない。

レット症候群の至適治療には,症状および徴候に対処する集学的アプローチが含まれる。

摂食および着衣などの自助機能,移動制限,歩行困難,およびコミュニケーション障害に対処するため,作業療法,理学療法,およびコミュニケーション療法(言語療法士による)のプログラムを提供すべきである。

痙攣発作および行動障害のコントロールや呼吸障害または運動障害の治療に薬剤が必要になることがある。

トロフィネチド(trofinetide)は,インスリン様成長因子IのN末端トリペプチドの合成アナログであり,成人および2歳以上の小児におけるレット症候群の治療に使用できる。トロフィネチド(trofinetide)はこれらの適応に対して複数の臨床試験で一定の改善をもたらした(1)。

脊柱側弯症の進行および心臓の異常をモニタリングするために定期的な再評価が必要である。

患児の体重維持を補助する栄養サポートが必要なこともある。特殊教育プログラムと社会的および支援サービスが必要である。

治療に関する参考文献

  1. 1.Neul JJL, Percy AK, Youakim JM: Trofinetide for the treatment of Rett syndrome: A randomized phase 3 study.Nature Medicine 2023.doi: 10.1038/s41591-023-02398-1

レット症候群の予後

レット症候群はまれであるため,長期予後に関する情報はほとんど得られていないが,平均寿命は約40歳以上である。

ときに,心臓または自律神経系の異常が原因でレット症候群患児には突然死が起こる可能性が高いが,包括的な集学的チームの支援により,通常成人期まで良好な状態で生存する。

より詳細な情報

有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. National Institute of Neurological Disorders and Stroke (NINDS): About Rett Syndrome

  2. International Rett Syndrome Foundation

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