筋筋膜性疼痛症候群(以前は筋筋膜痛機能障害症候群[MPDSまたはMFPDS]として知られていた)は正常な顎関節の患者に生じることがある。これは,咀嚼筋における筋肉の緊張,疲労,または(まれに)攣縮によって引き起こされる。症状としては,咀嚼器やその周囲または頭頸部の他部位に及ぶ疼痛および圧痛と,しばしば顎の可動性の異常がある。診断は病歴と身体診察に基づく。鎮痛薬,筋肉の弛緩,異常機能活動(例,クレンチングおよびグラインディング)の是正,口腔内装置の使用などの保存的処置が通常は効果的である。
(顎関節疾患の概要も参照のこと。)
この病態は顎関節領域に影響を及ぼす最も一般的な疾患である。女性でより多くみられ,20代前半と閉経期前後に二峰性の年齢分布を示す。
罹患筋では,ブラキシズム(クレンチングまたはグラインディング)などの異常機能活動の結果として疼痛とトリガーポイント(関連痛を引き起こす)の両方が生じることがあるが,ブラキシズムは睡眠時ブラキシズムと覚醒時ブラキシズムの2つの異なる存在とみなされ,病因が異なる。
筋筋膜性疼痛症候群は咀嚼筋に限らない。体のどこにも起こりうるが,最も一般的には頸部,肩,および背部の筋肉にみられる。
筋筋膜性疼痛症候群の症状と徴候
症状は,咀嚼筋の疼痛と圧痛であり,しばしば顎の運動時の疼痛と制限も生じる。睡眠時ブラキシズムおよび睡眠呼吸障害(閉塞性睡眠時無呼吸症候群および上気道抵抗症候群など)のいずれも,起床時に強くなり日中徐々に改善する頭痛と関連する。このような頭痛は巨細胞性動脈炎と区別しなければならない。異常機能活動が一日中続く場合は,顎筋の疲労,顎の痛み,頭痛などの覚醒時の症状が通常は悪化する。
下顎は開口時に偏位するが,顎関節内障の開口時に比べ,突然生じたり,常に開口と同時に生じたりすることは通常はない。診察者が下顎前歯を愛護的に加圧することで,罹患筋を伸ばして患者の開口を補助し,何もしない場合の最大開口時よりも,口を1~3mm余分に開けることができる。
筋筋膜性疼痛症候群の診断
臨床的評価
ときに睡眠ポリグラフ検査
単純な試験が診断に役立つことがある:2枚または3枚分の舌圧子を両側の最後方の大臼歯間に置き,患者に徐々に閉口するよう指示する(1, 2)。関節腔に作り出された伸延が症状を緩和することがある。X線検査は通常関節炎の除外診断のみに役立つ。巨細胞性動脈炎が疑われる場合,赤血球沈降速度(赤沈)値を測定する。
睡眠呼吸障害が疑われる場合は睡眠ポリグラフ検査を行うべきである。
診断に関する参考文献
1.Schiffman E, Ohrbach R, Truelove E, et al: Diagnostic criteria for temporomandibular disorders (DC/TMD) for clinical and research applications: Recommendations of the International RDC/TMD Consortium Network and Orofacial Pain Special Interest Group.J Oral Facial Pain Headache 28(1):6-27, 2014. doi: 10.11607/jop.1151
2.Peck C, Goulet J-P, Lobbezoo F, et al: Expanding the taxonomy of the diagnostic criteria for temporomandibular disorders.J Oral Rehabil 41(1):2-23, 2014.doi: 10.1111/joor.12132
筋筋膜性疼痛症候群の処置/治療
弱い鎮痛薬
口腔内装置
ときに就寝時の抗不安薬またはシクロベンザプリン(cyclobenzaprine)の一時的使用
トリガーポイント注射とその他の理学療法および行動療法
歯科医師が作製した口腔内装置により上下の歯の接触が阻止され,それによりブラキシズムによる損傷を軽減できる。市販の熱可塑性(ボイルアンドバイト)のマウスガードが多くのスポーツ用品店または薬局で購入できる;しかし,このような装置は一時的に使用するもので短期の診断ツールと考えるべきである。このようなマウスガードは望ましくない歯の移動や,逆説的な筋肉活動の増加を引き起こす可能性があるため,口腔内装置の作製,装着,および調整は理想的には歯科医師が行うべきである。
就寝時における低用量のベンゾジアゼピン系薬剤の服用は,急性増悪と症状の一時的緩和にしばしば効果的である。シクロベンザプリン(cyclobenzaprine)は筋弛緩を促進することがある。しかしながら,睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害を併発している患者は,これらの疾患を増悪させる可能性があるため,抗不安薬および筋弛緩薬の使用には注意を要する。非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)またはアセトアミノフェンなどの弱い鎮痛薬の単独または組合せが適応となる。症状は慢性であるため,おそらく急性増悪時の短期投与以外には,オピオイドは使用すべきではない。慢性疼痛の一部の症例では,医師の管理下での抗うつ薬投与が有用である。
患者は覚醒時の異常機能活動(例,顎のクレンチング,歯のグラインディング)をやめるよう学ばなければならない。硬い食物やチューインガムは避けるべきである。理学療法,リラクゼーションを促進するバイオフィードバック,カウンセリングが一部の患者に有用である。
理学療法としては,トリガーポイント注射,経皮的電気神経刺激(TENS),および「スプレーとストレッチ法」(痛みのある部位の皮膚を氷で冷却するか塩化エチルなどの皮膚冷却薬をスプレーした後,顎を伸ばして開ける方法)がある。ボツリヌス毒素を用いることで筋攣縮の緩和に成功することがある。
大半の患者では,たとえ無処置でも,通例では6~12カ月以内に有意な症状が軽減または消失する。
要点
筋筋膜性疼痛症候群は顎関節痛の原因として顎関節障害よりも一般的である。
異常機能活動(例,ブラキシズム)によって咀嚼筋の緊張,疲労,および(まれに)攣縮が生じることがある。
患者は咀嚼筋の疼痛と圧痛を訴え,顎の運動が疼痛により制限され,ときに頭痛も伴う。
非オピオイド鎮痛薬とともに,睡眠中の口腔内装置,ベンゾジアゼピン系薬剤,または筋弛緩薬の使用が役立つことがあり,行動療法および理学療法が適切な場合もある。