口唇の炎症は,全体にみられる場合もあれば,1つまたは複数の潰瘍または病変に限局する場合もある。ある程度の腫脹がみられる場合があるが,主症状は不快感である。不快感がほとんどまたは全く伴わない口唇腫脹については,本マニュアルの別の箇所で考察されている。
(歯科患者の評価も参照のこと。)
口唇の潰瘍およびその他の変化
いくつかの感染症,腫瘍性疾患,またはその他の疾患が口唇に潰瘍,腫瘤,およびその他の変化を引き起こすことがある:
口唇ヘルペス(単純ヘルペスウイルス感染症の再発):液体で満たされた小水疱が小さく集簇して現れ,それらが破裂して口唇の赤唇縁に潰瘍を形成する;一般的には口唇ヘルペス(cold sore)や熱の華(fever blister)とも呼ばれる。治療は前駆期に開始すれば最も有用である。経口治療としては,ファムシクロビルもしくはバラシクロビルの1日投与,またはアシクロビルの5日間投与などがある。外用アシクロビル,ペンシクロビルクリーム,または市販の10%ドコサノール(docosanol)クリームを1日に複数回塗布しても,症状の持続期間を1日またはそれ以下しか短縮できない可能性がある。
多形紅斑:すぐに破裂して口唇粘膜に痂皮を伴う出血性潰瘍を残す多発性の水疱。この潰瘍性の皮膚粘膜疾患は,通常,単純ヘルペスウイルスによって引き起こされる免疫反応である。多形紅斑の外観は多様であるが,疼痛を伴う口腔粘膜炎を引き起こすことが多い。口唇の潰瘍は,コルチコステロイドの外用また全身投与によって管理する。
第1期梅毒(下疳):痛みを伴わない縁が硬い潰瘍。口腔の下疳は一般的に口唇にみられる(男性では上唇のことが多く,女性では下唇のことが多い)。梅毒に対する第1選択の治療法はペニシリンである。
尋常性疣贅:痛みを伴わないぶつぶつした表面の腫瘤。この良性疾患は自己接種で拡大する。治療法としては,外用薬(サリチル酸,乳酸,液体窒素)の使用や外科的切除などがある。
日光角化症:不規則な蒼白色,赤色,または多様な色を呈する,乾燥した鱗屑状の前がん腫瘤。この頻度の高い前がん状態は,紫外線への慢性的な曝露によって生じる。治療は日光曝露の低減(サンスクリーン剤の使用およびつばの広い帽子の着用)およびレーザー焼灼術などである。
口腔扁平上皮癌:過角化を示す結節または斑,縁の硬い潰瘍,紅板症または白板症など(特に潰瘍化していない早期例),様々な形態をとる。治療法は診断時の臨床病期に依存し,具体的には広範囲の外科的切除,放射線療法,その両方などがある。
ポイツ-イェガース症候群:常染色体顕性遺伝(優性遺伝)疾患であり,皮膚および粘膜(特に口唇および頬粘膜)の良性の色素沈着斑(暗青色,褐色,黒色),消化管過誤腫性ポリープ,ならびに(斑およびポリープとは無関係の)様々ながんの素因を伴う。
口唇炎(口唇の炎症)
口唇炎は,口唇の急性または慢性の炎症である。感染症,日光障害,薬物,刺激物質,アレルギー,または基礎疾患により引き起こされる可能性がある。炎症は主に赤唇部および赤唇縁に生じる。口唇に腫脹,発赤,および疼痛が生じるほか,その他の変化として,ひび割れ,亀裂,びらん,痂皮,鱗屑などがみられる。
口角口唇炎(口角炎)が最も頻度の高い病型であり,口角に炎症,痂皮形成,疼痛を伴う亀裂,およびしばしば浸軟が生じる。典型的な原因としては以下のものがある:
過度に摩耗した歯または義歯のために顎が十分に開かなくなり,口角に皮膚のしわができ,そこに唾液が溜まる
Candida属真菌(またはときに黄色ブドウ球菌[Staphylococcus aureus])
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口角口唇炎の治療では,義歯の再製もしくは局部床義歯,クラウン,インプラントによる適切な歯の大きさの回復(口角のしわの軽減を助ける),抗真菌薬(例,クロトリマゾールクリーム)もしくは抗菌薬(例,ムピロシン軟膏)の使用,または必要に応じて鉄もしくはビタミンBの補充を行う場合がある。
口唇炎のその他の原因としては以下のものがある:
光線性の萎縮:日光障害によってびらんを伴う萎縮した薄い粘膜が生じ,悪性腫瘍の素因となる
湿疹性の口唇炎:発赤および乾燥した口唇(ときに口唇の荒れと呼ばれる)が,典型的には接触による刺激やときにアレルゲンを原因として,またはアトピー性皮膚炎の一部として生じる
まれな種類の口唇炎として,腺性口唇炎,肉芽腫性口唇炎,形質細胞性口唇炎などがある。川崎病の患児では,苺舌を伴う紅斑性で乾燥し,腫脹しひび割れた口唇がみられることがある。
診断は通常,病歴聴取と視診に基づく。進行の徴候(硬結,潰瘍形成,肥厚化)がみられる日光口唇炎では,がんを除外するために生検を行うべきである。
治療法としては,ワセリンやその他の皮膚軟化剤のほか,特異的な原因の除去または治療などがある。悪性でない重度の日光口唇炎に対しては,赤唇切除術(口唇縮小術)またはCO2レーザー焼灼術を考慮してよい。口唇への日光障害は,防護としてつばの広い帽子や外用サンスクリーン剤を含有するリップクリームなどを使用することで,最小限に抑えることが可能である。