窃触傾向(frotteurism)とは,同意していない人の体を触ったり,体の一部をこすり付けたりすることで強烈な性的興奮を覚える状態である。窃触症(frotteuristic disorder)は,患者が窃触行為からの反復的かつ強烈な興奮(空想,衝動,または行動として現れている)を少なくとも6カ月にわたり経験しており,それらの性的衝動を行動に移したことがあるか,その衝動が臨床的に有意な苦痛または機能障害を引き起こしている場合に診断される。
窃触症はパラフィリアの一種である。窃触症(frotteuristic disorder)の語源であるfrottageという単語は,「人の体を擦る,または圧迫する」という意味のフランス語frotterに由来する。この用語は現在では,同意していない人の体を(性器以外で)触ったり,自身の陰部をこすり付けたりする結果として強烈な性的興奮を覚えることと関連づけられている。
興奮状態になることが,公共の場での逮捕のリスクにつながる場合があるようである。窃触行為がよくみられる場所は,地下鉄車両,バス,エレベーター,スポーツイベント,その他の混雑した公共イベントである。こうした事例の大半は男性が女性の体を触ることで発生するが,加害者と被害者の性別については,あらゆる組合せの事例が発生している(1)。さらに,成人(性別を問わない)が小児(性別を問わない)の体を触る事例もある。成人によるこのような行動は,同意のない性行為の一形態であるため,犯罪とみなされる。
これは主要なパラフィリアの中で最も研究が進んでいないものの1つであるが,その考えられる理由として,大半の窃触症者は評価や治療を求めて受診することがなく,また混雑した公共の場で窃触症者を捕まえることが困難であるという事実がある(2)。世界中の多くの女性が窃触行為の被害を受けていると報告している。例えば,東京で電車を利用している若年女性(20代または30代)を対象とした研究では,66%を超える女性が窃触行為(体の一部をこすり付ける,体を触る,明白な痴漢行為)の被害を受けたことがあると報告した(2)。本症の有病率は不明であるが,性的満足感を得るために同意していない相手に体の一部をこすり付けたり体を触ったりする行為をしたことがあると研究で回答した対象者の割合は7.9~35%(大半が男性)であった(3)。
窃触傾向の正確な原因は十分に解明されていないが,いくつかの因子がその発生に寄与している可能性がある。具体的には,以下のような心理的,社会的,および生物学的因子が複合的に関係している:
性心理的発達の中断または変化:窃触傾向には個人の幼少期の体験や性心理的発達が関連している場合がある。小児期の心的外傷,性的虐待,または不適切な性的コンテンツへの曝露などの因子は,このパラフィリア症の発生に影響を及ぼす可能性がある。
社会的および環境的因子:性教育の欠如や性に対する制限的な態度,同意の上での性的関係へのアクセスの制限といった文化的および社会的因子は,窃触傾向の発生に影響を及ぼす可能性がある。社会的孤立または健全なる親密な関係を築くことの困難も寄与因子となりうる。
総論の参考文献
1.Ranger R, Fedoroff P: Frotteurism.The International Encyclopedia of Human Sexuality.First Edition.369-426, 2015.
2.Stan IC: Frotteuristic disorder.In Transtheoretical approaches to paraphilic disorders, Chapter 6.Edited by Rusu DO, Cristian D.Internat J Adv Stud Sexology 2019-2020, ISSN 2668-7194 (print), ISSN 2668-9987 (online). doi: 10.46388/ijass.2020.13.17
3.Johnson RS, Ostermeyer B, Sikes KA, et al: Prevalence and treatment of frotteurism in the community: a systematic review.J Am Acad Psychiatry Law 42(4):478-483, 2014.PMID: 25492074.
窃触症の診断
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision(DSM-5-TR)の診断基準
窃触症の診断を下すには,以下の条件を満たす必要がある(1):
同意していない人の体を触ったり,体の一部をこすり付けたりすることで反復的かつ強烈な性的興奮を覚えており,その興奮が空想,衝動,または行動として現れている。
同意していない人に対して自身の性的衝動を実行に移したことがあるか,あるいは,その性的衝動または空想が臨床的に有意な苦痛を引き起こしているか,仕事,社会的状況,またはその他の重要な領域において機能障害を引き起こしている。
該当する状態が6カ月以上にわたり認められる。
診断する医師は,患者が管理された環境下(例,更生施設)で生活しているか,完全寛解の状態にある(すなわち,管理されていない環境下で苦痛や障害のない状態を5年以上維持している)かを特定しなければならない。
診断に関する参考文献
1.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition,Text Revision (DSM-5-TR).American Psychiatric Association Publishing, Washington, DC.
窃触症の治療
精神療法(個人または集団)
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
ときに抗アンドロゲン薬
窃触症に特異的な治療アプローチを検討した大規模研究は実施されていない。パラフィリアに対する典型的なアプローチが試みられている(例,併存する精神疾患の治療,集団または個人精神療法とSSRIおよび抗アンドロゲン薬[ゴナドトロピン放出ホルモン[GnRH]アゴニスト,酢酸メドロキシプロゲステロン,および酢酸シプロテロンなど]の併用[1])。本症の患者は通常,性的暴行などで逮捕された後に治療を命じられた状況にあり,治療プログラムに参加する意思も意欲もないことが多い(2)。
治療に関する参考文献
1.Ranger R, Fedoroff P: Frotteurism.The International Encyclopedia of Human Sexuality.First Edition.369-426, 2015.
2.Stan IC: Frotteuristic disorder.Transtheoretical approaches to paraphilic disorders, Chapter 6.Internat J Adv Stud Sexology 2019-2020, ISSN 2668-7194 (print), ISSN 2668-9987 (online). doi: 10.46388/ijass.2020.13.17