性的マゾヒズム症

執筆者:George R. Brown, MD, East Tennessee State University
レビュー/改訂 2023年 7月
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性的マゾヒズム(sexual masochism)は,性的な興奮状態を体験するために,辱められる,打たれる,縛られる,その他の虐待行為を受ける活動に意図的に参加する状態である。性的マゾヒズム症(sexual masochism disorder)は,患者がそれらの活動から反復的かつ強烈な性的興奮を覚えているが,同時に臨床的に有意な苦痛または機能障害も認められる場合に診断される。

性的マゾヒズムはパラフィリアの一種であるが,マゾヒズム的な興味をもつ人の大半はパラフィリア症の臨床診断基準を満たさず,その基準では,本人の行動,空想,または強烈な衝動によって臨床的に有意な苦痛または機能障害が生じていることが要件とされている。また,該当する状態が6カ月以上にわたり認められることも条件とされている。

性的マゾヒズムのある人は一般に,マゾヒズム的な性行為への関心や参加を率直に認める。BDSM(bondage-domination-sadism-masochism)という用語は,性的マゾヒズム症の臨床診断基準を満たすか否かに関わらず性的マゾヒストを指す包括的な記述的用語である。

性的マゾヒズム症の有病率は不明である。しかしながら,2001年から2002年にかけてオーストラリアで実施された電話調査でのデータに関する単一の報告では,男性の2.2%と女性の1.3%が過去12カ月間にBDSM行動に関わったと回答したことが明らかにされた(1)。

サドマゾヒズム的空想や同意の上での成人同士のサドマゾヒズム的性行動は,非常によくみられる。マゾヒズム的行為は儀式化して長期に及ぶ傾向がある。大半の参加者にとっては(他の大半のパラフィリア的興味と同様に),侮辱や殴打は演技に過ぎず,参加者はそれがゲームであることを認識しており,実際に屈辱や負傷が生じる事態は慎重に回避し,事前に取り決めた「安全な言葉」を用いることが多い。しかしながら,一部のマゾヒストでは時とともに行為が激しさを増していき,そうした自分の身を守るための安全な言葉の使用をやめてしまうことがあり,結果として重篤な負傷や死に至る可能性もある。

マゾヒズム的行為をする人々にとっては,それらの行為は性的興奮を得る上で当事者が好んで選択する方法である場合もあれば,そのための唯一の方法である場合もある。例えば以下のようにして,マゾヒズム的空想を自身に対して行動化することもある:

  • 自分で自分を縛る

  • 自分の皮膚を刺す

  • 電気ショックを加える

  • わざと熱傷を負う

  • 自慰中の故意の窒息(窒息性愛

あるいは,性的サディストになってくれるパートナーを見つけだすこともある。パートナーとの行為としては以下のものがある:

  • 縛られる

  • 目隠しをされる

  • 尻を叩かれる

  • むちで打たれる

  • 尿や便を浴びせられることで屈辱を受ける

  • 強制的に異性の衣服を着用させられる

  • 性行為を強要される

  • 窒息しそうな状態にされる(通常はオルガスム時)

自己性愛的窒息症(窒息性愛)

窒息性愛(asphyxiophilia)は,性的マゾヒズム症の亜型の1つと考えられている。診断プロセスの一環として,医師はこの行動が「ある」か「ない」かに注意すべきである。

本症の患者は,オルガスムの時点やその付近で自身の呼吸を制限したり(partial asphyxiation),パートナーに自身の呼吸を制限させたりすることで,自身が害を被らない形で性的体験を強めようとする。典型的には,衣類(例,スカーフ,下着)をひものように用いて自身を窒息させる。そのひもは部屋の中の物体(例,ドアノブ,ベッドの支柱)から吊り下げられる場合が多い。

脳からの静脈還流が閉塞されて脳への灌流が損なわれるため,急速に意識を失う可能性があり,低酸素症や高炭酸ガス血症が有意になる前に意識喪失が起きる場合もある。意識を失ってもひもがほどけない形で自身を窒息させる患者では,意図せずして永続的な脳損傷が生じたり,死亡したりすることがある。

総論の参考文献

  1. 1.Richters J, Grulich AE, de Visser RO, et al: Sex in Australia: Autoerotic, esoteric and other sexual practices engaged in by a representative sample of adults.Aust N Z J Public Health 27(2):180-190, 2003. doi: 10.1111/j.1467-842x.2003.tb00806.x

性的マゾヒズム症の診断

  • Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision(DSM-5-TR)の診断基準

具体的な臨床診断基準は以下の通りである(1):

  • 辱められる,打たれる,縛られる,またはその他の苦痛を与える行為から反復的かつ強烈な性的興奮を覚えている。その興奮が空想,強烈な衝動,または行動で表現されている。

  • それらの空想,強烈な衝動,または行動が有意な苦痛を引き起こしているか,あるいは,仕事,社会的状況,またはその他の人生の重要な領域において機能を障害している。

  • 該当する状態が6カ月以上にわたり認められる。

医師は以下の点を特定しなければならない:

  • 窒息性愛がみられるか

  • 患者は管理された環境下(マゾヒスティックな行動をとることが困難な場所)で生活しているか

  • 患者は完全寛解の状態にある(すなわち,管理されていない環境下で苦痛や障害のない状態を5年以上維持している)か

診断に関する参考文献

  1. 1.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition,Text Revision (DSM-5-TR).American Psychiatric Association Publishing, Washington, DC.

性的マゾヒズム症の治療

  • 認知行動療法

  • 抗アンドロゲン療法

性的マゾヒズムの治療は,臨床的に有意な苦痛または障害が生じていなければ必要ない。大規模研究はほとんど実施されてないが,性的マゾヒズム症の診断基準に当てはまる人々には,認知行動療法と抗アンドロゲン療法の併用が最も効力があるようである(1)。

治療に関する参考文献

  1. 1.Lykins A, Hucker SJ: Treatment of sexual masochism.In Case Studies in Sexual Deviance: Toward Evidence-Based Practice, edited by T Downhiller, Routledge/Taylor & Francis Group, 2014, pp.102–116.

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