心的外傷後ストレス症(PTSD)

執筆者:John W. Barnhill, MD, New York-Presbyterian Hospital
レビュー/改訂 2023年 8月
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心的外傷後ストレス症(posttraumatic stress disorder:PTSD)は,心的外傷的出来事への曝露後に発生して生活に支障を来す疾患である。侵入的思考,悪夢,およびフラッシュバック,心的外傷を思い出させるものの回避,否定的な認知および気分,ならびに過覚醒および睡眠障害を特徴とする。診断は臨床基準に基づく。治療としては通常は精神療法が行われ,ときに補助的に薬物療法も行われる。

心的外傷およびストレス因関連症群の概要も参照のこと。)

PTSDの生涯有病率は9%近くに達し,12カ月間の有病率は約4%である(1)。

戦闘,性的暴行,および自然災害,または人災はPTSDのよくみられる原因である。PTSDは,重篤な社会的,職業的,および対人的な機能障害につながる可能性がある。

急性ストレス症(ASD)は心的外傷の発生後1カ月以内にしか診断できないのに対し,PTSDは心的外傷の発生後1カ月以上経過しないと診断できない。ASDから直接PTSDに発展する可能性もあるが,明らかな問題が先行することなく,心的外傷の発生から数カ月後,場合によっては数年後にPTSDを発症する可能性もある。

総論の参考文献

  1. 1.Goldstein RB, Smith SM, Chou SP, et al: The epidemiology of DSM-5 posttraumatic stress disorder in the United States: Results from the National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions-III.Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol 51(8):1137-1148, 2016. doi: 10.1007/s00127-016-1208-5

PTSDの症状と徴候

PTSDの症状は以下の4つのカテゴリーに分類できる:

  • 侵入

  • 回避

  • 認知および気分の陰性変化

  • 覚醒度および反応性の変化

侵入:侵入とは,誘因となった出来事を再現する望まない記憶または悪夢が生じることである。侵入は「フラッシュバック」の形態をとることがあり,これは光景,音,匂い,またはその他の刺激によって誘発される可能性がある。例えば,大きな音によって暴行の記憶が呼び起こされ,パニックに陥って地面に倒れ込むことがある。

回避:PTSD患者は,町の特定の場所やかつて好んでやっていた活動など,心的外傷を思い出させるものを避けることがある。

認知および気分の陰性変化:認知および気分の変化としては,興味の喪失,無関心,認知の歪み,快感消失,不適切な自己非難,抑うつなどがある。

覚醒度および反応性の変化:PTSD患者は興奮,易怒性,および反応性が過剰になることもあれば,感覚が麻痺してよそよそしく見えることもある。

PTSDには解離症状を伴う亜型が認識されている。これには上記の症状全てに加えて,離人感(自分の自己または身体から遊離した感覚)および/または現実感消失(世界を非現実的または夢幻のように経験すること)も認められる。

PTSDの診断

  • Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Edition, Text Revision(DSM-5-TR)の診断基準

DSM-5-TRのPTSDの診断基準を満たすには,患者が心的外傷的出来事に直接的または間接的に曝露したことがあり,かつ以下の各カテゴリーの症状が1カ月以上認められる必要がある(1)。

侵入症状(以下のうち少なくとも1つ):

  • 反復的,不随意的,侵入的で苦痛な記憶がある

  • 心的外傷的出来事に関する苦痛な夢(例,悪夢)を繰り返し見る

  • 心的外傷的出来事が再び起こっているかのように行動したり,感じたりする(フラッシュバックから現実の状況に対する認識の完全な喪失まで幅がある)

  • 心的外傷的出来事を(例,その記念日や,出来事発生時に聞いた音と似た音によって)思い出したときに強い心理的または生理学的苦痛を感じる

回避症状(以下のうち少なくとも1つ):

  • 心的外傷的出来事に関連する思考,感情,または記憶を回避する

  • 心的外傷的出来事の記憶を引き起こす活動,場所,会話,または人を回避する

認知および気分の陰性変化(以下のうちの2つ以上):

  • 心的外傷的出来事の重要な側面に関する記憶障害(解離性健忘)

  • 自身,他者,または世界に関する持続的かつ過剰な否定的な信念または予想

  • 自身または他者を責めることにつながる,心的外傷の原因または結果に関する持続的な歪んだ思考

  • 持続的な陰性感情の状態(例,恐怖,戦慄,罪悪感,恥辱)

  • 重要な活動における関心または参加の著明な減退

  • 他者からの孤立感または疎遠感

  • 陽性感情(例,幸福感,満足感,愛情)を経験できない状態の持続

覚醒度および反応性の変化(以下のうちの2つ以上):

  • 睡眠障害

  • 易怒性または怒りの爆発

  • 無謀または自己破壊的な行動

  • 集中困難

  • 強い驚愕反応

  • 過覚醒

さらに,症状が有意な苦痛を引き起こしているか,社会的または職業的機能を有意に障害しており,かつ物質使用症または他の身体疾患の生理学的影響が原因ではないことが必要である。

解離型のPTSDは,上記の全ての症状に加えて,離人感(自身の自己または身体から遊離した感覚)および/または現実感消失(世界を非現実的または夢幻のように経験すること)の所見が認められる場合に診断される。

PTSDはしばしば見過ごされる。心的外傷が医師にとって明らかでないことがあり,患者は難しい話題について議論する気が起きないことがある。心的外傷は,認知,感情,行動,および身体症状の複雑な連鎖につながる可能性がある。抑うつ症,不安症,または物質使用症を合併していることで診断がさらに複雑になる場合も多い。

診断に関する参考文献

  1. 1.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th edition, Text Revision (DSM-5-TR).American Psychiatric Association Publishing, Washington, DC, pp 301-313.

PTSDの治療

セルフケア

危機または心的外傷の発生時と発生後には,セルフケアが極めて重要となる。セルフケアには以下の要素が含まれる:

  • 個人の安全

  • 身体的健康

  • マインドフルネス

個人の安全は基本となる要素である。心的外傷の発生後には,自分と愛する人が安全であるとわかれば,人はより適切にその体験に対応できるようになる。しかしながら,家庭内暴力や戦争,感染症のパンデミックといった危機的状況が長期間続く場合には,完全な安全を確保するのが困難になる可能性がある。そのような長引く困難の中では,人は自分と愛する人の安全を可能な限り確保する方法について専門家の指導を求めるべきである。

身体的健康は,心的外傷体験の発生時や発生後にリスクに曝される可能性がある。リスクのある人は可能な限り,食事,睡眠,運動について健康的な日々のスケジュールを維持するよう努めるべきである。物質や薬剤のうち,鎮静作用があるもの(例,ベンゾジアゼピン系薬剤)と中毒を引き起こすもの(例,アルコール)は,使用するとしても,控えめに使用すべきである。

セルフケアに対するマインドフルネスのアプローチは,心的外傷を負った人が典型的に経験するストレス,落胆,怒り,悲しみ,孤立を軽減することを目的とする。状況が許せば,リスクのある人は日課のスケジュールを立てて,それに従うようにし,自身の家族やコミュニティへの関与を維持し,慣れ親しんだ趣味を続ける(または新しい趣味を作る)べきである。

ニュースの視聴に費やす時間を制限し,代わりに他の活動(例,小説を読む,パズルをする,絵を描く,引きこもっている隣人のために焼き菓子を作る)に時間を使うことが有用である。

精神療法

トラウマフォーカスト認知行動療法(CBT)は,大半のPTSD患者に対する効力について最も頑健なエビデンスが得られている治療法である(1)。急性ストレス症(ASD)と同様に,この種の精神療法には患者教育,認知再構成法,および心的外傷体験の記憶への治療的曝露が含まれる。認知処理療法はCBTの一種で,心的外傷体験が意味することについて徹底的に話し合い,自身や心的外傷体験に関する否定的な思考を大局的に捉えて,それらを実際の心的外傷とは異なるものであると認識する。

長期曝露療法も効果的な精神療法の1つであり,心的外傷の一連の記憶に対処すると同時に,呼吸制御などの手法を用いて記憶に対する精神生理学的反応を管理し,それにより記憶の影響を徐々に脱感作する。

EMDR(eye movement desensitization and reprocessing)法も利用されることのある曝露療法の一種である(2)。この療法では,患者に,心的外傷に曝露している状態を想像しながら,治療者が動かす指を追うように指示する。眼球運動自体が脱感作に役立つと考える専門家もいる一方で,その効果は眼球運動ではなく主に曝露によるものと考える専門家もいる。

PTSDの治療では治療スタイルが重要である(3)。羞恥心,回避,過覚醒,孤立感などのPTSDの中核症状に苦しむ人々と接する際には,暖かさ,安心感,共感などの非特異的因子が非常に重要となりうる。

薬物療法

PTSDにおける薬物療法のエビデンスは,心的外傷に焦点を当てた精神療法のエビデンスほど頑健ではない(4)。薬物療法は併存する精神疾患または特に顕著なPTSD症状(抑うつや不安など)の治療を目的として行われる場合が大半である。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は不安および/または抑うつを軽減することがある(5)。プラゾシンは悪夢を減らすのに役立つとみられている(6)。短期間の鎮静薬投与が不眠症の治療に役立つことがある。そのほかにも,気分安定薬(例,バルプロ酸)や非定型抗精神病薬(例,アリピプラゾール),催幻覚剤(MDMA,ケタミン,シロシビンなど)など,様々な薬剤が使用されており,効力を示すエビデンスが増えてきている(7)。

治療に関する参考文献

  1. 1. Bisson J, Andrew M: Psychological treatment of post-traumatic stress disorder (PTSD).Cochrane Database Syst Rev  (3):CD003388, 2007. doi: 10.1002/14651858.CD003388.pub3

  2. 2.Wilson G, Farrell D, Barron I, et al: The use of eye-movement desensitization reprocessing (EMDR) therapy in treating post-traumatic stress disorder—A systematic narrative review.Front Psychol;9:923, 2018.doi: 10.3389/fpsyg.2018.00923

  3. 3.Howard R, Berry K, Haddock G: Therapeutic alliance in psychological therapy for posttraumatic stress disorder: A systematic review and meta-analysis.Clin Psychol Psychother 29(2):373-399, 2022.doi: 10.1002/cpp.2642

  4. 4.Wright LA, Sijbrandij M, Sinnerton R, et al: Pharmacological prevention and early treatment of post-traumatic stress disorder and acute stress disorder: A systematic review and meta-analysis.Transl Psychiatry 9(1):334, 2019.doi: 10.1038/s41398-019-0673-5

  5. 5.Stein DJ, Ipser JC, Seedat S: Pharmacotherapy for post traumatic stress disorder (PTSD).Cochrane Database Syst Rev 22006(1):CD002795, 2006.doi: 10.1002/14651858.CD002795.pub2

  6. 6.Khachatryan D,  Groll D, Booij L: Prazosin for treating sleep disturbances in adults with posttraumatic stress disorder: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials.Gen Hosp Psychiatry 39:46-52, 2016. doi: 10.1016/j.genhosppsych.2015.10.007

  7. 7.Krediet E, Bostoen T, Breeksema J, et al: Reviewing the potential of psychedelics for the treatment of PTSD.Int J Neuropsychopharmacol.23(6):385-400, 2020.doi: 10.1093/ijnp/pyaa018

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