腹壁ヘルニアは,腹壁の後天的または先天的な脆弱または欠損部位から腹腔内臓器が脱出した状態である。多くのヘルニアは無症状であるが,一部のヘルニアは嵌頓または絞扼状態となり,疼痛を引き起こし,直ちに手術を行う必要がある。診断は臨床的に行う。治療は外科的修復である。
(急性腹痛も参照のこと。)
腹部ヘルニアは,極めて頻度が高く,特に男性に多くみられ,米国では毎年約70万件の手術が施行されている。
腹部ヘルニアの分類
腹部ヘルニアは以下のいずれかに分類される:
腹壁ヘルニア
鼠径部ヘルニア
全ての腹部ヘルニアの約75%が鼠径ヘルニアである。腹壁瘢痕ヘルニアは10~15%を占める。大腿ヘルニアとまれなヘルニアが残りの10~15%を占める。
絞扼性ヘルニアでは,血管の物理的狭窄のために虚血が生じる。絞扼は腸梗塞,穿孔および腹膜炎につながる可能性がある。
腹壁ヘルニア
腹壁ヘルニアには以下のものがある:
臍ヘルニア
上腹壁ヘルニア
半月状線ヘルニア
腹壁瘢痕ヘルニア
臍ヘルニア(臍輪からの脱出)は,ほとんどが先天的であるが,肥満,腹水,妊娠,長期腹膜透析に続発する成人後の後天的臍ヘルニアもある。
上腹壁ヘルニアは白線を通じて発生する。
半月状線ヘルニアは,腹直筋鞘外側の腹横筋の欠損部を通じて発生し,通常は臍の位置より下で起こる。
DR P. MARAZZI/SCIENCE PHOTO LIBRARY
腹壁瘢痕ヘルニアは,以前の腹部手術の切開創から起こる。
鼠径部ヘルニア
鼠径部ヘルニアには以下のものがある:
鼠径ヘルニア
大腿ヘルニア
鼠径ヘルニアは鼠径靱帯上方で発生する。外鼠径ヘルニアは,内鼠径輪から鼠径管を通って脱出し,内鼠径ヘルニアは,鼠径管を通過せず,腹壁から直接脱出する。(新生児における鼠径ヘルニアも参照のこと。)
大腿ヘルニアは鼠径靱帯下で発生し,大腿管を通るヘルニアである。
スポーツヘルニア
スポーツヘルニアは腹部内容物が突出する腹壁欠損部がないため,真のヘルニアではない。本疾患は真のヘルニアとは異なり,下腹部または鼠径部の筋肉,腱,または靱帯が断裂して生じるものであり,特に恥骨に付着する部位の断裂が関与する。恥骨結合炎と呼ぶ方が適切である。
腹壁ヘルニアの症状と徴候
大半の患者は視認可能な膨隆のみを訴え,その隆起は漠然とした不快感を引き起こすか,無症状である。腹壁の欠損部を通して押し戻すことで,しばしばヘルニアを還納することができる。
絞扼性ヘルニアでは,持続性の徐々に増強する疼痛が起こり,典型的には悪心および嘔吐を伴う。ヘルニア自体は圧痛をもたらし,上を覆う皮膚に紅斑がみられる場合があり,位置によっては腹膜炎が発生し,びまん性圧痛,筋性防御,反跳痛を伴う。
腹壁ヘルニアの診断
臨床的評価
腹部ヘルニアの診断は臨床所見による。ヘルニアは腹圧上昇時のみ明らかなことがあるため,患者の診察は立位で行うべきである。ヘルニアを触知できない場合は,腹壁の触診時に患者に咳嗽をさせるか,バルサルバ法を行わせる。診察では臍,鼠径部(男性では鼠径管に指を入れる),および大腿三角と,もしあれば切開創に焦点を置く。
大部分のヘルニアは,大きなものであっても,持続的かつ愛護的に圧迫することによって用手的に還納可能であり,患者をトレンデレンブルグ体位にすることが還納に役立つことがある。嵌頓ヘルニアは還納できず,腸閉塞の原因となりうる。
ヘルニアに類似する鼠径部腫瘤は,リンパ節腫脹(感染性または悪性),異所性精巣,脂肪腫に起因する場合がある。これらの腫瘤は充実性で,還納できない。陰嚢内腫瘤は,精索静脈瘤,陰嚢水腫,または精巣腫瘍の可能性がある。身体診察で判断が難しい場合は,超音波検査を施行してもよい。
腹壁ヘルニアの治療
外科的修復
鼠径部ヘルニアは,合併症発生率(および高齢患者ではおそらく死亡率)に上昇をもたらす絞扼のリスクがあることから,典型的には待機的修復術を行うべきである。男性における無症候性の鼠径ヘルニアは経過観察が可能であるが,症状が出現すれば待機的に修復することができる。修復は,標準的切開術または腹腔鏡下修復術によって行うことができる。
いずれの種類のヘルニアでも,嵌頓あるいは絞扼性の場合は緊急外科的修復が必要である。
腹壁ヘルニアの予後
先天性臍ヘルニアは絞扼を惹起することがまれであるため,治療は行わず,大部分が数年以内に自然治癒する。非常に大きい欠損部については,2歳以降に待機的修復術を行ってもよい。
臍ヘルニアは成人において美容上の懸念となり,待機的修復術を行ってもよい;絞扼および嵌頓はまれであるが起こる可能性があり,通常,腸管ではなく大網を含む。