職業・環境医学(OEM)とは、労働者の仕事や職場、または地域社会の環境に関連するけが、病気、障害の予防、診断、および治療のことです。職場、家庭、地域社会における労働者の全体的な健康と安全を促進することは、労働者の生産性を高めるのにも役立ちます。OEMを実践する医師は、仕事とは関係のない環境汚染物質にさらされた人(小児の鉛中毒など)も治療します。
OEM医師は、以下の方法で、労働者の心身の健康と安全を促進します。
予防措置および教育(健康・ウェルネスプログラムなど)の実施
主要な職務要件を満たす能力を判断するための求職者の審査
けがや病気が仕事に関連したものであるかどうかの判定
業務上および環境上のけがや病気の迅速な診断と治療(可能であれば職場で)
けがをした労働者や病気になった労働者が安全かつ有用に職場に復帰することを確認すること
長期にわたるけがや病気の後の労働者の障害および労働能力の程度を判定すること
危険への曝露と人間工学の観点から職場の安全を評価すること
人々ができるだけ効率的かつ安全に物と関わることができるような作業空間の設計と配置
労働者の健康を守るための対策(個人防護具が必要な場合のガイドラインなど)の推奨
このように、OEMは労働者と雇用主の両方のためになります。
職場でOEMの医師によって治療される最も一般的な病気やけがは次の通りです。
裂傷(裂けること)
仕事に関連したストレスや精神障害
騒音性難聴(永続的な場合があります)
ときに、仕事中と仕事以外の活動が組み合わさって損傷(反復運動損傷など)が起こることがあります。
環境中の物質に起因する病気が、多くの病気に共通する症状を引き起こすことがあります。例えば、一酸化炭素にさらされると、頭痛、吐き気、嘔吐など、ウイルス感染症に似た症状が現れることがあります。
連邦政府機関である労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration[OSHA])の目的は、労働者が安全で健康的な労働条件を確保することです。そのために、OSHAは基準を設定し、トレーニング、教育、および支援を提供しています。雇用主は、職場から深刻な既知の危険をすべて除去することを含む、すべての適用可能なOSHA基準を遵守することが要求されます。すべての雇用主はまた、業務上の死亡、入院、切断、および失明をOSHAに報告することも要求されています。
労働者の評価
労働者がけがをしたり病気になったりした場合、OEMの医師は、そのけがや病気が仕事に関連したものか、環境内の何かに関連したものかを判断しようとします。そこで医師は、問題の原因を特定するために、以下のような質問を行います。
負傷または曝露の可能性が生じた場所
労働者が負傷したとき、または病気になったときに行っていたこと
仕事に関連する原因が疑われることがあります。例えば、仕事以外の明確な原因がほかにない予想外の病気が突然発症した場合などです。同じような問題が複数の労働者にみられる場合にも、医師は仕事に関連した原因を疑うことがあります。その場合、医師は管理職に対して、他の労働者にも同様の症状がないか尋ねます。例えば、同じ建物の複数の労働者が頭痛、吐き気、嘔吐を訴えた場合、一酸化炭素にさらされた可能性があります。医師は、症状が似ている人や症状がなくても評価対象の労働者と同じ地域で働いている人に質問したり、地域社会の人に症状について質問したりすることがあります。この情報は、労働者や同様の曝露を受けた人、または受けた可能性のある人の症状の原因となっている化学物質やその他の曝露が何であるかを医師が判断するのに役立ちます。この情報は、病気が仕事に関連したものかどうかを判断するのに役立ちます。
職場の安全評価
けがや病気が仕事に関連したものである場合、OEMの医師はけがや病気を引き起こした状態を評価します。職場の安全と人間工学を評価します。そして、将来のけがや病気を予防する方法を推奨することができます。
医師は、以下のような種類の危険について確認します。
大気汚染物質(粉塵や煙霧など)
化学物質による危険(アスベスト、ディーゼルエンジンまたはガソリンエンジンからの排出物質、ホルムアルデヒド、鉛など)
生物学的な危険(細菌やウイルスなど)
物理的な危険(放射線、極端な温度、騒音、振動など)
人間工学的な危険(物を持ち上げる、手を伸ばす、繰り返し動かすなど)
医師は次に、労働者の潜在的なリスクを軽減する方法について雇用主と話し合います。リスクを減らす最も効果的な方法は、職場から危険を完全に取り除くことです。取り除くのが不可能な場合は、危険性の低い代替物に置き換えることができます。例えば、保護機能が追加された新しい機械に置き換えることができます。他のあまり効果的でない戦略は、手順または機械を労働者から離し、訓練および手順を改善することによって、または労働者が危険にさらされる合計時間を制限することによって、労働者の危険への関わり方を変更することです。個人防護具(PPE)の使用は、リスクを低減する最も効果的でない方法ですが、その理由の1つは、PPEをぴったりと合わせるか密封すること、および労働者が一貫して使用することが必要となるためです。
障害の評価
OEMの医師は、労働者の障害を評価するよう頻繁に依頼されます。米国では、様々な組織(社会保障障害制度[Social Security Disability System]、公務員退職制度[Civil Service Retirement]、州職員補償プログラム[state worker's compensation program]、州退職者委員会[state retirement board]、鉄道退職者委員会[Railroad Retirement Board]など)が、労働者に障害があるかどうか、および障害のある労働者が障害給付金を受け取るべきかどうかを定めた規則を設けています。
これらの評価では、OEMの医師は次のことを確認します。
障害を受けている臓器
障害の重症度と持続期間
体の一部の機能が失われているかどうか
障害のために日常生活に支障がある(就業に必要な活動等を行うことができない)かどうか
検査
健康被害の原因が職場での物質への曝露である可能性がある場合は、労働者が定期的に、または事故(物質の意図しない放出など)の後に、さらされた物質の量を測定する検査が行われます。職場での曝露によって臓器(肺など)が損傷していないかを確認するために、労働者を検査することがあります。
政府機関(労働安全衛生局[Occupational Safety and Health Administration(OSHA)]や米国国立労働安全・衛生研究所[National Institute for Occupational Safety & Health(NIOSH)]など)は、労働者が危険な状態やけがや病気を報告した場合に職場を検査することがあります。
また、ある物質が意図せず放出された場合に、その地域の人々がどの程度の量の物質にさらされるかを調べる検査も行われます。
治療と職場復帰
職場で発生した病気やけがの治療は、職場外と同じです。
OEM医師の重要な目標は、安全性が確保され次第、労働者を職場に復帰させることです。早期に職場に復帰することで、長期にわたって欠勤日数や障害の程度を減らすことができます。けがや病気を負った労働者が通常の仕事に復帰できない場合は、暫定的な仕事(軽い仕事または変更された仕事)が割り当てられることがあります。例えば、OEMの医師は、押したり、引っ張ったり、持ち上げたり、座ったり、立ったりする動作を制限するように勧めるかもしれません。
採用前審査
OEM医師は、応募した職種の職務を安全に遂行できるかどうかを判断するために、求職者を審査します。OEMの医師は、患者の既存の慢性疾患や病態、機能障害を引き起こす可能性のある薬の使用、物質乱用(しばしば薬物検査を行います)、身体診察の結果などの要因を評価します。
労働者のスクリーニングとサーベイランス
OEMの医師は、有害物質にさらされる可能性のある職場の労働者に対して、医学的スクリーニングとサーベイランスを提供します。米国では、労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration[OSHA])がこのようなスクリーニングおよびサーベイランスの基準を発行しています。
医学的スクリーニング(Medical screening)は1回限りの評価であり、通常は労働者が雇用される前に行われます。スクリーニングは、医療機関を受診する前に病気や機能障害を発見するために行われます。例えば、特定の病気のリスクが高い人に対して、医師がスクリーニングを行うことがあります。
医学的サーベイランス(Medical surveillance)には、特定の予防措置を必要とする潜在的な職場の危険にさらされた場合のリスクを監視するために、1人以上の労働者を経時的に定期的に評価することが含まれます。
関与する物質に応じて、スクリーニング、サーベイランス、またはその両方を行うことがあります。
さらなる情報
以下の英語の資料が役に立つかもしれません。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。
業務上の負傷または疾病の報告に関する従業員ガイド(An Employee's Guide on Reporting a Work-Related Injury or Disease):必要なフォームへのリンクを含めて、業務上の負傷または疾病の報告に関する詳細情報を提供します。
労働安全衛生局(Occupational Health and Safety Administration):労働者の安全で健康的な労働条件を確保するための基準を設定し、施行します。また、労働者の権利、危険の認識、COVID-19、転倒予防、自殺予防、個人防護具、および文書化の要件に関する情報も提供します。
小児環境衛生専門団体(Pediatric Environmental Health Specialty Units):環境因子(台風、洪水、鉛、山火事など)が小児および妊娠可能年齢の成人の健康にどのような影響を及ぼすかについての情報を提供するほか、米国の様々な地域の専門家への連絡先情報も提供します。
米国国立労働安全・衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health[NIOSH]):独自の科学的研究に基づいて、職業上の安全と健康に関する新たな情報を求め、職場における安全と健康を改善するための指針および信頼できる勧告を提供します。また、ネイルガンの安全性、ナノテクノロジーの健康への影響および応用(例:ナノテクノロジー実験室の安全性)などのトピックに関する情報も提供します。