妊娠の初発徴候であり,大半の妊婦が初めに医師に受診する理由となるのは,月経が発来しないということである。妊娠可能年齢で規則正しい月経のある,性的に活動的な女性にとって,1週間以上の月経の遅れは妊娠を推定する根拠となる。
妊娠は以下の期間持続すると考えられる:
受胎時より266日間
月経が規則的で28日周期の場合,最終月経の1日目から280日間
分娩予定日は最終月経に基づいて算出される。予定日の前後2週間以内の分娩は正常である。妊娠37週より前の分娩は早産とみなされ,42週を超えた分娩は過期産とみなされる。
妊娠の生理
妊娠は母体の全ての器官系に生理的な変化をもたらす;その大半は分娩後正常に戻る。一般に,多胎妊娠では単胎妊娠に比べて変化がより劇的である。
心血管系
心拍出量は30~50%増大するが,この増大は妊娠6週までに始まり,16~28週(通常約24週)に最大となる。30週以降まで最大値周辺にとどまる。その後,心拍出量は体位に依存して大きく変化する。増大する子宮が大静脈を最も閉塞する体位(例,臥位)では心拍出量が最も減少する。平均では,心拍出量は通常30週から陣痛が始まるまでわずかに減少する。分娩中,心拍出量はさらに30%増大する。分娩後は子宮が収縮し,心拍出量は急速に減少して正常より約15~25%多い程度になり,その後,徐々に減少し(多くの場合3~4週間かけて),分娩後約6週で妊娠前のレベルに達する。
妊娠中の心拍出量の増大は,主に子宮胎盤循環の需要によるものである;子宮胎盤循環は著明に増大し,絨毛間腔内の循環も部分的に動静脈シャントとして働く。胎盤と胎児が発達するに従い子宮への血流が増加し,満期には約1L/min(正常心拍出量の20%)となっているはずである。皮膚(体温を調節する)および腎臓(胎児の老廃物を排泄する)への需要の増加が,心拍出量増大の一端を担う。
心拍出量を増加させるため,心拍数は正常の70/分から90/分にまでに増加し,一回拍出量も増加する。第2トリメスターにおいて,たとえ心拍出量やレニンおよびアンジオテンシンの測定値が上昇しても通常は血圧が低下(脈圧は増大)するのは,子宮胎盤循環が拡大し(胎盤-絨毛間腔が発達する),体血管抵抗が減少するためである。抵抗の低下は血液粘稠度とアンジオテンシンへの感受性が低下するためである。第3トリメスターでは,血圧は正常に戻りうる。双胎では,単胎に比べて20週時で心拍出量はさらに増大し,拡張期血圧は低下する。
運動による心拍出量,心拍数,酸素消費量,および呼吸量/分の増加は,妊娠中の方が非妊娠時より大きい。
妊娠時の循環亢進により機能性雑音の頻度は高まり,心音が大きくなる。X線上または心電図上で,心臓が左に回転して水平位に偏位し,横径が増大していることがある。心房および心室性期外収縮が妊娠中によくみられる。これらの変化は全て正常であり,誤って心疾患と診断すべきではない;通常これらは,妊娠性変化であることを確認するだけでよい。しかしながら,心房頻拍の発作は妊婦でより頻繁に起こり,予防的ジギタリスまたは他の抗不整脈薬の投与を必要とすることがある。妊娠は除細動の適応または安全性に影響しない。
血液
全血液量は心拍出量に比例して増えるが,血漿量の増加(50%に近く,通常5200mLの全血液量に対し約1600mL)の方が赤血球量の増加(約25%)より大きい;したがって,ヘモグロビンは希釈されて約13.3g/dLから12.1g/dLへと低下する。この希釈性貧血は血液粘稠度を低下させる。双胎妊娠では,母体の全血液量はさらに増加する(60%近く)。
白血球数はやや増えて9000~12,000/μLとなる。陣痛中および分娩後数日間は,著しい白血球増多(20,000/μL以上)が起こる。
鉄所要量は全妊娠期間中に合計で約1g増え,妊娠後半期にはより多く必要となる(6~7mg/日)。胎児と胎盤で約300mgの鉄を消費し,母体の赤血球量の増大のためにさらに500mgの鉄が必要となる。排泄分は200mgである。食物から吸収される量と貯蔵鉄から補充される量(平均合計300~500mg)を合わせても,妊娠時の需要を満たすには通常不十分であるため,ヘモグロビン値のさらなる低下を防ぐために鉄剤の投与が必要である。
泌尿器系
腎機能の変化は心機能の変化とほぼ並行する。糸球体濾過量(GFR)は30~50%上昇し,妊娠16~24週にピークとなり,その後満期近くまではそのレベルにとどまるが,満期では,子宮の大静脈への圧力により下肢にしばしば静脈うっ滞が生じるため,GFRはやや減少する場合がある。腎血漿流量はGFRに比例して増加する。結果として,血中尿素窒素(BUN)は低下して通常10mg/dL未満(< 3.6mmol尿素/L)となり,クレアチニン値も比例的に低下して0.5~0.7mg/dL(44~62μmol/L)となる。尿管の著しい拡張(水尿管症)が,ホルモンの影響(主にプロゲステロン),および増大した子宮が尿管を圧迫して停滞を生じさせることにより(これによりさらに水腎症が生じることがある)引き起こされる。分娩後,集尿系は正常に戻るのに12週ほどかかることがある。
妊娠中はそれ以外のときよりも,体位変化が腎機能に影響を及ぼしやすい;すなわち,仰臥位によって腎機能は高まり,立位によって腎機能は低下する。腎機能はまた側臥位,特に左側臥位の場合にも著しく高まる;この姿勢は,妊婦が仰臥位をとった場合に大きくなった子宮が大血管に及ぼす圧を緩和する。この体位による腎機能の上昇は,妊婦が眠ろうとすると尿が近くなる理由の1つである。
呼吸器系
肺機能の変化は,プロゲステロンの増加,および子宮の増大による肺拡張の阻害が一部関与している。プロゲステロンは,二酸化炭素(CO2)値を下げるよう脳に信号を送る。CO2値を低下させるよう,1回換気量,分時量および呼吸数が増加し,それにより血漿pHが上昇する。胎児,胎盤およびいくつかの母体臓器の増大した代謝要求を満たすため,酸素消費量は約20%増加する。予備吸気量および予備呼気量,残気量,機能的残気量,および血漿PCO2は減少する。肺活量と血漿PCO2は変化しない。胸囲は約10cm増える。
気道にはかなりの充血および浮腫が生じる。ときに,症候性の上咽頭閉塞および鼻詰まりが起こり,耳管が一時的に閉塞され,声の調子と質が変わる。
労作時に軽度の呼吸困難が起こることが多く,深呼吸はさらに頻繁となる。
消化管および肝胆道系
妊娠が進行するにつれ,増大する子宮が直腸および結腸下部へ及ぼす圧力により,便秘が生じることがある。プロゲステロン値が上昇して平滑筋を弛緩させるため,消化管の運動性は低下する。胸やけやげっぷがよくみられるが,これらはおそらく,下部食道括約筋の弛緩による胃排出遅延および胃食道逆流や横隔膜ヘルニアから生じる。塩酸産生は低下する;したがって,妊娠中には消化性潰瘍はまれであり,妊娠前からあった潰瘍はしばしば軽症となる。
胆嚢疾患の発生率はやや上昇する。妊娠はわずかに肝機能,特に胆汁輸送に影響を与える。ルーチンの肝機能検査値は正常であるが,例外としてアルカリホスファターゼ値は第3トリメスターに次第に上昇し,満期には正常の2~3倍に達する場合がある;この上昇は肝機能障害というよりはむしろ胎盤でこの酵素が産生されることによる。
内分泌
妊娠は多くの内分泌腺の機能を変化させるが,これには,胎盤がホルモンを産生すること,さらに大部分のホルモンがタンパク質と結合した形で循環しており,妊娠中にタンパク質結合が増大することが一部関与している。
胎盤はホルモンの一種であるヒト絨毛性ゴナドトロピンβサブユニット(β-hCG)を産生し,卵胞刺激ホルモンおよび黄体形成ホルモンと同様に,黄体を維持することにより排卵を抑制する。卵巣はβ-hCGに刺激されることでエストロゲンおよびプロゲステロンを産生し続けるため,これらのホルモンの値は妊娠早期に上昇する。妊娠9~10週後には,胎盤自体が大量のエストロゲンとプロゲステロンを産生し,妊娠の維持を助ける。
胎盤は甲状腺を刺激するホルモン(甲状腺刺激ホルモンに類似)を産生し,甲状腺の過形成,血管増生および中等度の増大を引き起こす。エストロゲンは肝細胞を刺激し,甲状腺ホルモン結合タンパク質値の上昇を引き起こす;このため総サイロキシン値が上昇することがあるものの,遊離甲状腺ホルモン値は正常のままである。甲状腺ホルモンの作用は高まる傾向にあり,頻脈,動悸,過剰発汗,精神不安定を伴って,甲状腺機能亢進症に似ることがある。しかしながら,真の甲状腺機能亢進症は妊娠の0.08%のみに生じる。
胎盤は副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)を産生し,これが母体の副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生を刺激する。ACTH値の上昇によって副腎ホルモン値,特にアルドステロンおよびコルチゾールが上昇し,浮腫の一因となる。
コルチコステロイド産生の増加および胎盤のプロゲステロン産生の増加は,妊娠のストレスおよびおそらくはヒト胎盤性ラクトゲン値の上昇と同じく,インスリン抵抗性をもたらし,インスリン必要量を増大させる。さらに胎盤で産生されるインスリナーゼによりインスリン必要量が増大するため,妊娠糖尿病患者の多くで顕性の糖尿病が発生する。
胎盤は,メラノサイト刺激ホルモン(MSH)を産生し,これにより妊娠後期に皮膚の色素沈着が増大する。
下垂体は妊娠中に約135%増大する。母体の血漿プロラクチン値は10倍上昇する。プロラクチンの増加は,エストロゲンによって促される甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン産生の増加に関連している。プロラクチン増加の主な機能は,乳汁分泌の確保にある。その値は分娩後,授乳婦においてさえも正常となる。
皮膚
明らかな発生機序は不明であるが,エストロゲン値,プロゲステロン値,およびMSH値の上昇は,色素変化の一因となる。このような変化としては以下のものがある:
肝斑(妊娠性肝斑[前額部や頬骨隆起上に斑状に生じる褐色の色素沈着])
乳輪や腋窩,性器の黒ずみ
黒線(腹部中央の下方に現れる黒い線)
妊娠による肝斑は通常1年以内に消失する。
妊娠中は,くも状血管腫(通常,腰より上にしかみられない,壁が薄く拡張した毛細血管)の発生率が,特に下腿において高まる。
この写真には,肝斑の女性の頬に生じた褐色の斑が写っている。
DR P. MARAZZI/SCIENCE PHOTO LIBRARY
黒線は,妊娠中に腹部中央の下方に現れる黒い線である。
© Springer Science+Business Media
くも状血管腫(星芒状血管腫)は鮮紅色の小さな斑点で周囲を毛細血管に囲まれており,これがクモの足のように見える。退色させるに十分な圧力をかけてそれを離すと,中心部から再充満する。健康な人では多くの場合これは正常である。妊娠しているか経口避妊薬を服用している女性,および肝硬変の患者によくみられる。
Image provided by Thomas Habif, MD.
妊娠の症状と徴候
妊娠によりエストロゲン(主に)とプロゲステロンの値が上昇するため,乳房緊満が起こりうる(月経前の乳房緊満の延長)。受精の10日後より,エストロゲンおよび胎盤の合胞体細胞によるヒト絨毛性ゴナドトロピンβサブユニット(β-hCG)の分泌の増加により,悪心がときに嘔吐を伴って生じることがある(受胎および出生前発育を参照)。卵巣の黄体は,β-hCGによって刺激され,大量のエストロゲンとプロゲステロンを分泌し続けて妊娠を維持する。多くの妊婦がこの時期に疲労を感じ,少数の妊婦では非常に早期から腹部膨満に気づくことがある。
女性は通常16~20週に胎動を感じるようになる。
妊娠後期では,下肢に浮腫および静脈瘤がよくみられ,その主な原因は増大した子宮による下大静脈の圧迫である。
内診所見として,より柔軟な頸管および,不均一に軟化,増大した子宮などが認められる。子宮頸管は通常,青色~紫色となるが,それはおそらく子宮への血液供給が増加しているためである。妊娠12週前後で,子宮は小骨盤を越えて腹腔へと拡大する;20週で,子宮は臍に達する;36週までに,その上極が剣状突起にほぼ達する。
妊娠の診断
尿中β-hCG測定
通常は尿,およびときに血液検査を用いて妊娠を確定または除外する;月経予定日の数日前およびしばしば受胎の数日後という早期に行われても結果は通常正確である。
β-hCG値は,正常な妊娠では妊娠期間と相関し,胎児が正常に発育しているかどうかを決定するために用いられる。最善のアプローチは,2回の血清β-hCG値(48~72時間空けて採取し,同じ検査機関が測定したもの)を比較することである。正常な単胎妊娠では,β-hCG値は最初の60日間(7.5週)は約1.4~2.1日毎に2倍になり,その後10~18週に減少し始める。第1トリメスターにおけるβ-hCG値の規則的な倍増は,正常な発育を強く示唆する。
他の妊娠徴候として,以下のものが受け入れられている:
子宮内の胎嚢の存在,典型的には4~5週頃,血清β-hCG値が約1500mIU/mLとなる時期と一致して,超音波検査で認められる(卵黄嚢は通常5週までに胎嚢内に認められる)
胎児の心拍動,早ければ5~6週にリアルタイムの超音波検査でみられる
胎児心音,経腹的に子宮へ到達できれば,8~10週という早期からドプラ超音波検査で聴取できる
胎動,20週以降診察する医師により触知される。