心的外傷後ストレス障害(PTSD)は,圧倒的な外傷的出来事の侵入的な想起が反復して生じる病態であり,その想起は1カ月以上続き,出来事から6カ月以内に始まる。本疾患の病態生理は完全には解明されていない。症状としては,外傷的出来事に関連する刺激の回避,悪夢,フラッシュバックなどもある。診断は病歴に基づく。治療は曝露療法および薬物療法から成る。
(心的外傷およびストレス因関連障害群の概要も参照のこと。)
恐ろしい出来事が起こると,多くの人はその影響を長く受けるが,人によっては,その影響があまりに長く持続し,重度であるために,衰弱して疾患に陥る。一般的にPTSDを誘発する可能性の高い出来事は,恐怖感,無力感,または戦慄の感情を引き起こす出来事である。これらの出来事は直接的に経験される場合(例,重篤な損傷もしくは死の脅威として)または,間接的に経験される場合(例,他者が重篤な外傷を負う,殺害される,もしくは死の脅威を受けている状況を目撃する;近親者もしくは友人に生じた出来事を知る)がある。戦闘,性的暴行,および自然災害,または人災はPTSDのよくみられる原因である。
生涯有病率は9%近くに達し,12カ月間の有病率は約4%である。
PTSDの症状と徴候
PTSDの症状は,侵入症状,回避症状,認知および気分の陰性変化,ならびに覚醒度および反応性の変化というカテゴリーに細分することができる。大抵の場合,患者は誘因となっている出来事を意思に反して頻繁に思い出す。その出来事を悪夢に見ることも多い。
頻度は低いが,一過性に覚醒時の解離状態がみられることがあり,まるで今起こっているかのようにその出来事を再体験し(フラッシュバック),ときに患者はまるで自分が現場にいるかのように反応する(例,花火のような大きな音が戦闘時のフラッシュバックを引き起こし,続いて避難場所を探す,または地面に伏せて身を守るなどの行動をとる)。
患者は心的外傷に関連する刺激を避け,しばしば感情的な麻痺がみられ,日々の活動に無関心になる。
ときに症状は急性ストレス障害の続きとして現れ,心的外傷から6カ月後までに個別に現れる場合もある。ときに症状の全面的な発現が遅れ,外傷的出来事から何カ月ないし何年も経過して初めて症状がそろう。
慢性PTSDの患者では,うつ病,他の不安症,および物質使用がよくみられる。
心的外傷に特異的な不安に加えて,その出来事が起こった際の自身の行動に対する罪悪感や,他の人が死亡した中で自分が生き残ったことへの罪悪感を経験する場合がある。
PTSDの診断
臨床基準
診断はDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-5)の基準に基づいて臨床的に行う。
診断基準を満たすには,患者が外傷的出来事に直接的または間接的に曝露したことがあり,かつ以下の各カテゴリーの症状が1カ月以上認められる必要がある。
侵入症状(以下のうちの1つ以上):
反復的,不随意的,侵入的で心を乱す記憶がある
外傷的出来事に関する心を乱す夢(例,悪夢)を繰り返し見る
外傷的出来事が再び起こっているかのように行動したり,感じたりする(フラッシュバックの体験から現在の周囲環境に対する認識の完全な喪失まで)
外傷的出来事を思い出す際(例,その記念日,出来事発生時に聞いたものに似た音により)に強い心理的または生理学的苦痛を感じる
回避症状(以下のうちの1つ以上):
外傷的出来事に関連する思考,感情,または記憶を回避する
外傷的出来事の記憶を引き起こす活動,場所,会話,または人を回避する
認知および気分に対する悪影響(以下のうちの2つ以上):
外傷的出来事の重要な側面の記憶障害(解離性健忘)
自身,他者,または世界に関する持続的かつ過剰な否定的確信または予想
自身または他者を責めることにつながる,心的外傷の原因または結果に関する持続的な歪んだ思考
持続的な陰性感情の状態(例,恐怖,戦慄,罪悪感,恥辱)
重要な活動における関心または参加の著明な減退
他者からの孤立感または疎遠感
陽性感情(例,幸福感,満足感,愛情)を経験できない状態の持続
覚醒度および反応性の変容(以下のうちの2つ以上):
睡眠障害
易怒性または怒りの爆発
無謀または自己破壊的な行動
集中困難
強い驚愕反応
過度の警戒心
さらに,症状が著しい苦痛を引き起こしているか,社会的または職業的機能を著しく障害しており,かつ物質使用障害または他の身体疾患の生理学的影響が原因ではないことが必要である。
PTSDの治療
セルフケア(上記参照)
精神療法
薬物療法(例,選択的セロトニン再取り込み阻害薬[SSRI]による)
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療には幅広い精神療法が用いられ,成功を収めている。SSRIや他の薬物療法もしばしば用いられる。
無治療の場合,慢性PTSDは,消失しないまでも,重症度は軽減されることが多いが,一部の患者では重度の障害が持続する。
最も用いられている精神療法である曝露療法は,心的外傷を想起させるという理由で患者が回避している状況への曝露を行う。空想の中で外傷的な体験そのものに繰り返し曝露すると,最初は不快感が若干強まるものの,通常は次第に苦痛が軽減される。
EMDR(eye movement desensitization and reprocessing)法は曝露療法の一種である。この療法では,患者に,心的外傷に曝露している状態を想像しながら,治療者が動かす指を追うように指示する。
特定の儀式行動(清潔であると感じたいがために,性的暴行を受けた後に過剰に身体を洗うなど)をやめさせることも有用である。
SSRIは不安および/または抑うつを軽減することがある。プラゾシンは悪夢を減らすのに役立つとみられている。ときに気分安定薬および非定型抗精神病薬が処方されることがあるが,これらの使用に対する裏付けはわずかである。
不安がしばしば強くなるため,支持的精神療法が重要な役割を果たす。治療者は,患者の精神的苦痛と外傷的出来事の現実を認識して理解し,率直な共感と同情を示す必要がある。多くの患者では,リラックスして不安をコントロールする方法(例,マインドフルネス,呼吸訓練,ヨガ)を治療開始後早期に学習させることで,PTSD治療の焦点とされることが多い曝露に耐えられるようにしておく必要がある。
生存者の罪悪感に対しては,患者が自身の自己批判的で,懲罰的な態度を理解して修正することを支援する精神療法が役立つことがある。