注意欠如多動症(ADHD)の概要

注意欠如障害(attention deficit disorder),すなわちADDについて大半の人々が知っている(あるいは知っていると思っている)ことは,集中を維持できない人を指すときにこの用語が使われ,端から全く集中できない人は注意欠如多動症[ADHD]だというものでしょう。しかし,ADDからADHDまでに至る程度の差の連続性が本疾患の病態であるという認識は実は正しくありません。

ADDとADHDは実際には同義語で,同じ概念なのです。ADDは1987年以前に使用されていた古い用語で,その後にADHDの概念へと発展して,ADHDの人がよく経験する諸症状(不注意に加えて多動性と衝動性の両方が含まれる)をより多く包括するようになりました。注意を払うことができないことに関連する症状があるためにADHDと診断される人もいるでしょうが,過度の活動性や衝動性に関連する症状がみられる場合にも,ADHDと診断される可能性があります。両方の症状がみられる人もADHDである可能性があります。

Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの2013年時点の最新版である第5版では,ADHDは不注意優勢型,多動性・衝動性優勢型,混合型の3つの病型に分類されています。

不注意優勢型と多動性・衝動性優勢型には9つの症状があります。例えば,不注意優勢型の人はケアレスミスをしたり,人の話を聞けなかったり,注意散漫になったりすることがあり,多動性・衝動性優勢型の人は,そわそわしたり,体をもじもじさせたり,繰り返し席を立ったりします。

しかし,人なら誰しもそわそわすることくらいあると思いませんか?診断は,いずれかの病型の9つの症状のうち6つが,6カ月以上みられる場合に下されます。しかし,大抵の場合は両方の種類の症状がみられるため,混合型となります。

ADHDは神経発達症の1つと考えられているため,症状が6~12歳の間に始まることも診断の条件とされていて,年齢にそぐわない行動もみられます。

では,ある人が多動的,衝動的,不注意になる原因は何でしょうか。ご想像の通り,これはとても複雑な問題で,実はよくわかっていないのですが,おそらくは様々な多くの要因が関係していて,それらを突き詰めると,いずれも複数の環境因子と遺伝因子の組合せで考えることができます。

ADHDの遺伝的要素を知るための興味深い手がかりの1つは,家族関係を調べることで,例えば,ADHDと診断された同胞がいる小児は自身もADHDを発症する可能性が高いです。さらに,それらの同胞が一卵性双生児である場合,つまり同じDNAをもっている場合には,ADHDを発症する可能性はかなり高くなります。しかし,DNAが同一であるからといって,その双生児が確実にADHDを発症するとは限らず,この事実からも,遺伝因子と環境因子の両方が関与していることが示唆されます。

個々の遺伝子に関して言うと,おそらくは1つの遺伝子が原因でADHDが発生するのではなく,複数の遺伝子が症状の重症度を規定していると考えられます。それらの遺伝子は,脳の神経伝達物質の産生または調節に影響を及ぼしている可能性が高く,この神経伝達物質とは,あるニューロンから放出されて別のニューロンの受容体に回収される,脳内のシグナル伝達分子です。このニューロンAからニューロンBへの神経伝達物質の移動は,伝達されるメッセージと考えることができ,ニューロン同士が会話しているようなものです。

ドパミンという種類の神経伝達物質は,報酬を得ようとする,リスクをとる,衝動的に振る舞うなどの行動に関連して脳内で放出されます。ノルアドレナリンは,注意と覚醒に関与する別の神経伝達物質です。これら2つの神経伝達物質の存在量が少ないことがADHDの症状に寄与していると考えられています。これらの神経伝達物質が減少する理由すら,まだ十分に解明されておらず,現在も研究が続けられています。

ADHDの治療は,患者によって症状が異なるため,注意が必要ですが,多くの場合は行動療法,薬物療法,またはその両方が行われます。

行動精神療法は,しばしば小児を対象に行われ,時間管理と組織化の技能を習得・向上させることに焦点が置かれます。例えば,従うことのできる構造化されたルーチンを決めておいて,そのルーチンを遵守できたら報酬を与えます。また,親と教師の双方が関与することが重要で,行動面における親の訓練と学級内の管理の両方がADHDの小児の助けになることが示されています。

成人に対する行動精神療法では,注意をそらすものを減らし,組織化の技能を向上させる方法に焦点が置かれます。

薬剤が処方される場合,典型的には第1選択は精神刺激薬になります。ADHDの人の脳では,関係する神経伝達物質が減少していると考えられますので,ニューロンの間に放出されるドパミンなどの神経伝達物質を増加させる精神刺激薬を使用することで,症状を軽減することができます。

よく知られている一般的なADHD治療薬は,メタンフェタミンなどの違法な覚醒剤と化学的に類似した分子ですが,これらの間には留意しておくべき重要な相違点がいくつかあります。

これらの化学物質はいずれもニューロンAからのドパミンの放出を増加させますが,ADHDの治療薬は典型的にはドパミンの緩やかな放出を引き起こすのに対し,メタンフェタミンのような違法な覚醒剤は非常に急速なドパミンの放出を引き起こします。実際,ニューロン間の正常なコミュニケーションを阻害して多幸感をもたらす現象は,この信じ難いほどのドパミンの増加であって,これはメタンフェタミンのような違法薬物が高い依存性をもつことの理由にもなっています。

対照的に,ADHDの治療では,制御された緩やかなドパミンの放出が非常に重要で,多くの患者が集中力と注意力を高めるのに役立っています。

Video credit: Osmosis (https://osmosis.org/)