呼吸性アシドーシスの概要
呼吸性アシドーシスの「アシドーシス」とは血液のpHを7.35未満に低下させる過程を指し,「呼吸性」とは,それがpHを均衡させる役割を果たすべき呼吸器系の機能不全に起因するということを意味します。
正常な状態では,吸気時に横隔膜と胸壁の筋肉が収縮して胸郭が引き開けられ,そこに掃除機のように空気が吸い込まれます。続いて,呼気時には,筋肉が弛緩して肺内のエラスチンが反動で跳ね返り,肺が元の大きさに引き戻されて空気が押し出されます。重要なのはとにかく,肺は酸素を体内に引き入れ,二酸化炭素(CO2)を除去する必要があるということです。CO2は血中で水(H2O)と結合して炭酸(H2CO3)を形成し,これが水素イオン(H+)と重炭酸イオン(HCO3-)に解離します。pHの変動を防ぐためには,CO2濃度,すなわちCO2の分圧(PCO2)をかなり狭い範囲内に保つ必要があります。このため,肺の換気速度は,組織でCO2が産生されるのと同じ速度でCO2を除去できるレベルに維持されています。PCO2が上昇し始め,pHが低下し始めると,頸動脈壁および大動脈弓壁にある化学受容器の発火が増強され,これが脳幹の呼吸中枢に呼吸数および呼吸の深さを増やす必要があることを知らせます。呼吸数および1回の呼吸の深さが増加するにつれて,分時換気量(1分間に肺に出入りする空気の量)も増加します。換気が増加すると,二酸化炭素(CO2)の体外への放出が増え,その結果,体内のPCO2が低下し,pHが上昇します。
呼吸性アシドーシスでは,正常な換気機構が障害され,pHの均衡を保つのに十分な分時換気量を維持できなくなります。これにはいくつかの原因が考えられます。ときに,肺そのものではなく,脳幹の呼吸中枢に問題があることもあります。脳卒中またはオピオイドやバルビツール酸系薬剤のような薬剤の過剰摂取後には,呼吸中枢が発火頻度を低下させることがあるため,呼吸が極度に遅くなったり完全に停止したりします。
また,重症筋無力症のような,神経が筋肉の収縮をうまく刺激できなくなる神経筋疾患に起因することもあります。ときに横隔膜または胸壁の筋肉が適切に機能しないこともあり,これは重度の外傷後や,肥満のために胸壁が重すぎて筋肉を挙上できない場合に起こり得ます。
気道閉塞が原因となることもあり,これは小児がピーナッツのような物体を飲み込んで,それが右主気管支に入り込み,その肺が十分に換気できなくなった場合に起こり得ます。
あるいは,肺胞と毛細血管の間のガス交換が障害されることもあります。これは,慢性閉塞性肺疾患によって肺胞が損傷を受けた場合や,肺炎のように肺胞に液体が貯留した場合,または肺水腫のように肺胞と毛細血管壁との間に液体が貯留した場合に起こり得ます。
これら全ての状況において,結果として肺はCO2を効率的に除去できなくなります。CO2が血液中に蓄積するため,PCO2が上昇し,その値は通常,45mmHgを超えます。その結果,血液のpHが低下し,しばしば7.35未満になります。このpHの低下を代償するために,身体にはいくつかの機序が備わっています。呼吸中枢が機能している場合は,換気の回数および深さを増やそうとします。これがうまくいかなければ,過剰なCO2の一部が細胞膜を越えて(特に赤血球内に)拡散し,そこで水(H2O)分子と反応して炭酸(H2CO3)を生成し,それが最終的に水素イオン(H+)と重炭酸イオンHCO3-に変換されます。ここで鍵となるのは,このHCO3-が速やかに循環血液中に放出され,増加したPCO2に対抗してpHの過剰な低下を防ぐということです。しかし,それと同時に遊離水素イオン(H+)も生成されるため,細胞内環境が酸性化する可能性が非常に高くなります。幸いにも,これらの水素イオンは,細胞内の様々な塩基性分子,主にヘモグロビンのようなタンパク質の表面にあるNH2アミン基と結合して中和されます。しかし,これらのタンパク質の濃度は,血液中に浮遊する過剰な二酸化炭素分子の量に比べてあまりに低いのです。つまり,もしこれらの二酸化炭素分子が全て細胞内に隠れようとすると,大量の水素イオン(H+)が生じてこれに結合できるタンパク質のストックが足りなくなり,細胞内のpHを乱してしまうということです。そのため,細胞内に入り込める二酸化炭素分子はごく少量にとどまります。その結果,発生するHCO3-の量は非常に少なく(PCO2が10mmHg上昇する毎に約1mEq/L),pHに実質的な影響を及ぼすことはできません。例えば,PCO2が40mmHgから60mmHgへと急激に20mmHg上昇した場合,この機序では血漿重炭酸濃度は基準値である24mEq/Lから26mEq/Lまで2mEq/Lしか上昇せず,pHに大きな影響を及ぼすことはできません。したがって,この病態の急性期にはpHは非常に低いままにとどまります。
幸い,分時換気量が生命を脅かすレベルまで低下していなければ,約3~5日以内に腎臓がpHの異常低値を感知し始め,不均衡の是正に乗り出します。具体的に言うと,近位曲尿細管の細胞がHCO3-の産生および血中への再吸収を増やし始めます。実際,腎臓はPCO2が10mmHg上昇する毎にHCO3-の濃度を約4mEq/L上昇させるので,これにはかなりの効果があります。したがって,PCO2が40mmHgから60mmHgへと20mmHg上昇した場合,血漿重炭酸イオン(HCO3-)は,基準値の24mEq/Lから32mEq/Lへと8mEq/L上昇します。これによりpHが大幅に上昇し,再び正常範囲に近づきます。
以上のように,呼吸性アシドーシスは,肺が過剰なCO2を除去できず,CO2が血液中に蓄積して,血液のpHが7.35未満まで低下することで発生します。これは,腎性代償(血中HCO3-濃度を上昇させる)の有無に応じて急性期と慢性期に分けられます。
Respiratory Acidosis (https://www.youtube.com/watch?v=rH91-446F0A&list=PLY33uf2n4e6PT53f0Z5LmFHo7Vb0ljn5b&index=7) by Osmosis (https://open.osmosis.org/) is licensed under CC-BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/).