代謝性アシドーシスの概要
代謝性アシドーシスの「アシドーシス」とは,血液のpHを7.35未満に低下させる過程を指し,「代謝性」とはそれが血液中の重炭酸イオン(HCO3-)濃度の低下に起因するということを意味します。
正常では,血液のpHは,pHを上昇させる塩基(主に重炭酸イオン[HCO3-])の濃度とpHを低下させる酸(主に二酸化炭素[CO2])の濃度のバランス(比)に依存しています。血液のpHは常に7.35~7.45である必要があり,また血液は常に電気的に中性に保たれる必要がありますが,これはつまり陽イオン(正の荷電粒子)の総量が陰イオン(負の荷電粒子)の総量と等しくなければならないことを意味します。
しかし,全てのイオンが容易かつ簡便に測定できるわけではないため,一般的には主な陽イオンであるナトリウムイオン(Na+)(典型的には約137mEq/L)と2つの主な陰イオンである塩化物イオン(Cl-)(約104mEq/L)および重炭酸イオン(HCO3-)(約24mEq/L)を測定します。残りは測定されません。この3つのイオンだけを数えた場合,通常は血漿中のナトリウムイオン(Na+)濃度と重炭酸イオン(HCO3-)および塩化物イオン(Cl-)の合計濃度との間に差,すなわち「ギャップ」がみられ,137から128(104 + 24)を引いた9mEq/Lがその値です。これはアニオンギャップと呼ばれるもので,正常では3~11mEq/Lです。アニオンギャップは,有機酸や負に荷電した血漿タンパク質(例,アルブミン)などの測定されない陰イオンを概ね反映しています。
基本的に,代謝性アシドーシスの発生は,血液中への酸の蓄積(酸の産生量や摂取量が増加するか,体が酸を除去できなくなるため),または腎臓や消化管からの重炭酸イオン(HCO3-)の過剰な喪失のいずれかに起因します。これら全てに共通する一番の問題は,これらの病態が血中の重炭酸イオン(HCO3-)の濃度を一次的に低下させることです。
代謝性アシドーシスは,アニオンギャップが高値または正常であるかに基づいて2種類に分類できます。1つ目は,アニオンギャップ増大を伴う代謝性アシドーシスです。この場合,重炭酸イオン(HCO3-)と水素イオン(H+)が結合することにより重炭酸イオン(HCO3-)濃度が低下し,その結果,炭酸(H2CO3)が生成され,続いてこれが二酸化炭素(CO2)と水(H2O)に解離します。これらの水素イオンは血液中に蓄積した有機酸に由来することもあれば,体内での産生増加に由来することもあります。そのような例の1つが乳酸アシドーシスで,これは組織への酸素運搬の減少により嫌気性代謝が増加し,乳酸が蓄積される病態です。もう1つの例は糖尿病性ケトアシドーシスで,これはコントロール不良の糖尿病で生じることがありますが,このような病態でインスリンが欠乏すると,細胞は主なエネルギー源としてブドウ糖の代わりに脂肪を利用せざるを得なくなります。脂肪はその後,アセト酢酸やβヒドロキシ酪酸などのケト酸に変換されます。酸が血液中に蓄積するもう1つの原因は,酸の産生量は正常であるにもかかわらず,腎臓が酸を排出できない場合です。これは慢性腎不全の場合に起こる可能性があり,慢性腎不全では尿酸や硫黄含有アミノ酸などの有機酸が正常に排泄されずに蓄積することがあります。
また,有機酸が体内の過程に由来するのではなく,誤って摂取されるケースもあります。例えば,一般的な不凍液であるエチレングリコールを誤って摂取した場合に蓄積するシュウ酸,毒性の強いアルコールであるメタノールの代謝物であるギ酸,塗料や接着剤に含まれるトルエンに由来する馬尿酸などがあります。これらの有機酸は全て水素イオン(H+)をもっており,生理的pH下で水素イオンと対応する有機酸陰イオンに解離します。水素イオン(H+)は周囲に浮遊する重炭酸イオン(HCO3-)に結合し,その血漿濃度を低下させ,pHを酸性側にシフトさせます。鍵となるのは,負に荷電した有機酸陰イオンが新たに1つ生じるにつき,重炭酸イオン(HCO3-)が1つ少なくなるため,血漿は電気的中性を維持するということです。また,有機酸陰イオンはアニオンギャップの式に含まれないため,アニオンギャップは増大します。
対照的に,代謝性アシドーシスの別のケースでは,重炭酸イオン(HCO3-)の減少はアニオンギャップの式に含まれる塩化物イオン(Cl-)の蓄積によって相殺されるため,アニオンギャップは正常のままとなります。最も一般的な原因は重度の下痢であり,重炭酸イオンを豊富に含む腸管および膵分泌物が,消化管に急速に排出され,再吸収が追いつかなくなることで発生します。
もう1つの原因は2型尿細管性アシドーシスで,これは尿細管性アシドーシスの最も頻度の高い病型ですが,ネフロンの一部である近位曲尿細管で重炭酸イオン(HCO3-)を再吸収できなくなることで発生します。尿細管性アシドーシスの他の病型もアニオンギャップ正常の代謝性アシドーシスを引き起こしますが,その機序は水素イオン(H+)を尿中に排泄できないことです。重炭酸イオン(HCO3-)の過剰な喪失は血漿重炭酸イオン(HCO3-)濃度の低下を招き,その結果pHが低下します。これに反応して,腎臓は塩化物イオン(Cl-)の再吸収を亢進させるため,失われた重炭酸イオン(HCO3-)1つにつき,新たな塩素イオン(Cl-)が1つ獲得されます。このため,アニオンギャップ正常の代謝性アシドーシスはときに高クロール性代謝性アシドーシスとも呼ばれます。
さて,血液中のHCO3-濃度が低下し,血液のpHを低下させる恐れがある場合,身体にはpHの均衡の維持を助けるいくつかの重要な機構が備わっています。その1つは,水素イオンを血液から細胞内へ移動させることです。そのために,細胞は通常,細胞膜を貫通する特殊なイオン輸送体を用いて,水素イオンをカリウムイオンと交換する必要があります。つまり,アシドーシスを代償するために,水素イオンは細胞内に入り,カリウムイオンは細胞から出て血中に入ります。ただし,これはアシドーシスには役立つかもしれませんが,結果として高カリウム血症を引き起こします。一方,乳酸やケト酸などの過剰な有機酸による代謝性アシドーシスがある場合には,水素イオンはカリウムイオンと交換されるのではなく,有機陰イオンとともに細胞内に入ることができます。
もう1つの重要な調節機構には呼吸器系が関与しており,このプロセスは頸動脈壁および大動脈弓壁にある化学受容器から始まります。これらの化学受容器はpHが低下すると発火し始め,脳幹の呼吸中枢に呼吸数および呼吸の深さを増加させる必要があることを知らせます。呼吸数および1回の呼吸の深さが増加するにつれて,分時換気量(1分間に肺に出入りする空気の量)も増加します。換気が増加すると,二酸化炭素(CO2)の体外への放出が増え,その結果,体内のPCO2が低下し,pHが上昇します。
さらに別の機序として,代謝性アシドーシスの原因が腎臓の問題でなければ,通常は数日後に腎臓によって不均衡が是正されるというものがあります。腎臓は水素イオンの排泄を増やす一方で,重炭酸イオン(HCO3-)を再吸収して尿中に失われないようにします。
以上のように,代謝性アシドーシスは血中の重炭酸イオン(HCO3-)濃度の低下によって引き起こされます。これは,アニオンギャップが増加するケースとアニオンギャップが正常なケースに分類できますが,前者は有機酸の蓄積(体内での産生増加,排泄の減少,または外からの摂取のいずれかによる)に起因し,後者は,下痢または2型尿細管性アシドーシスなどで重炭酸イオン(HCO3-)が直接失われることに起因します。
Metabolic Acidosis (https://www.youtube.com/watch?v=vf99lYkJRnE&list=PLY33uf2n4e6PT53f0Z5LmFHo7Vb0ljn5b&index=5&t=23s) by Osmosis (https://open.osmosis.org/) is licensed under CC-BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/).