アニオンギャップの概要
血漿アニオンギャップは,血漿中の陽イオン(正電荷をもつイオンン)と陰イオン(負電荷をもつイオン)とのバランスの指標です。一般的な正常範囲は3~11mEq/Lであり,3mEq/Lを下回るものは異常低値,11mEq/Lを上回るものは通常,異常高値とみなされます。
体内の血管の中には,何兆もの陽イオンと陰イオンが絶えず漂っています。これらがうまく安定して共存するためには,血漿を電気的に中性に保つ必要があります。つまり,陽イオンの全ての正電荷の合計が陰イオンの全ての負電荷の合計と等しくある必要があります。陽イオンの大部分はナトリウムイオン(Na+)であり,次いでカリウムイオン(K+),カルシウムイオン(Ca2+),マグネシウムイオン(Mg2+),そして正に荷電した種々のタンパク質の順に多くみられます。陰イオンの大部分は塩化物イオン(Cl-)であり,次いで重炭酸イオン(HCO3-),リン酸イオン(PO43-),硫酸イオン(SO42-),そしていくつかの有機酸とアルブミンのような負に荷電した血漿タンパク質の順に多くみられます。
血漿が電気的中性であることを証明するために,血漿中の陽イオンと陰イオンの濃度を測定してみるとしましょう。しかし,残念ながら,全てのイオンが容易かつ簡便に測定できるわけではありません。具体的に言うと,陽イオンでは通常ナトリウムイオン(Na+)のみが測定され,その値は典型的には約137mEq/Lであり,陰イオンでは塩化物イオン(Cl-)および重炭酸イオン(HCO3-)のみが測定され,その値はそれぞれ約104mEq/Lおよび約24mEq/Lです。この3つのイオンだけを数えた場合,血漿中のナトリウムイオン(Na+)濃度と重炭酸イオン(HCO3-)および塩化物イオン(Cl-)の合計濃度との間に差,すなわち「ギャップ」がみられ,137から128(104 + 24)を引いた9mEq/Lがその値です。これはアニオンギャップと呼ばれ,言い換えれば,陰イオンに比べて陽イオンがどれだけ多いかを意味します。先ほど,陽イオンと陰イオンの量は等しいと言ったはずなのに,なぜこのようなギャップが存在するのでしょうか。その理由は,ナトリウム(Na+)は血漿中の陽イオンの大部分を占めているのに対し,陰イオンの方では,塩化物イオン(Cl-)と重炭酸イオン(HCO3-)のみを測定することで,多くの陰イオン(いくつかの有機酸の陰イオン成分やアルブミンのような負に荷電した血漿タンパク質など)を無視していることになるからです。つまり,このアニオンギャップは測定されていない無視された全ての負電荷を表しており,この差は正常では3~11mEq/Lの範囲にあります。アニオンギャップが大きい場合,通常,これらの測定されない陰イオンの量が異常に多いことが原因です。
アニオンギャップの算出は,代謝性アシドーシスの隠れた原因の同定に役立つ可能性があるため,診断ツールとして有用です。「アシドーシス」とは,血液のpHを7.35未満に低下させる過程を指し,「代謝性」とは,それが重炭酸イオン(HCO3-)濃度の低下に起因するということを意味します。重炭酸イオン(HCO3-)濃度が減少する機序の1つは,重炭酸イオン(HCO3-)と水素イオン(H+)の結合によるもので,これにより炭酸(H2CO3)が生成され,これが続いて二酸化炭素(CO2)と水H2Oに解離します。これらの水素イオンは様々な有機酸から生じます。例えば,心不全の場合,組織に十分な血液が送り込まれないと,細胞ではグルコースを分解するための酸素が足りなくなり,乳酸分子が蓄積しますが,乳酸は1分子につき1つの水素イオンを供与します。これを乳酸アシドーシスと呼びます。
もう1つの状況は糖尿病性ケトアシドーシスで,これはケト酸(これも水素イオンを有する分子です)の蓄積につながります。別の状況として,一般的な不凍液であるエチレングリコールを誤って摂取した場合が考えられます。これによりシュウ酸が蓄積する可能性があります。また,非常に毒性の強いアルコールであるメタノールが代謝されると,ギ酸が発生します。塗料や接着剤にはトルエンと呼ばれる分子が含まれており,これは馬尿酸の蓄積につながります。慢性腎不全では,尿酸や硫黄含有アミノ酸などの有機酸も蓄積する可能性がありますが,これは単に腎臓がそれらを除去できないためです。
ここで,これらの有機酸のうちの1つと,さらにナトリウムイオンと重炭酸イオンが1つずつあるとすると,陽イオン1つと陰イオン1つで,電気的に中性になります。生理的pH下で,これらの有機酸は解離して水素イオン(H+)と対応する有機酸陰イオンになります。水素イオン(H+)は周囲に浮遊する重炭酸イオン(HCO3-)を素早く捕捉します。重炭酸イオンは失われましたが,有機酸陰イオンが得られたため,陽イオンと陰イオンは依然として1つずつあり,電気的中性は維持されます。しかし,重炭酸イオンが失われたので,重炭酸イオンの血漿濃度は低下し,pHは酸性側にシフトします。さて,アニオンギャップの式は,測定された陽イオンであるナトリウムの濃度から,測定された陰イオンである塩化物イオンと重炭酸イオンの濃度を引くものでした。したがって,左側の図でアニオンギャップは,1 - (0 + 1),つまり0となります。一方,右側の図では,有機酸は測定されないので,1 - (0 + 0),つまり1となります。このことからから,有機酸が増加すると,たとえ電気的に中性であっても,アニオンギャップは増加し,高い値になることがわかります。
しかし,代謝性アシドーシスの全ての症例でこうなるわけではありません。例えば,下痢では過剰な重炭酸イオンが便中に失われ,尿細管性アシドーシスでは過剰な重炭酸イオンが尿中に失われます。このような場合,腎臓が塩化物イオンの再吸収量を増やし,それが血漿中に蓄積して失われた重炭酸イオンの穴を埋めます。塩化物イオンはこの式に含まれるので,重炭酸イオン濃度が低下しても塩化物イオン濃度が上昇すれば,アニオンギャップは正常のままです。そのため,アニオンギャップ正常の代謝性アシドーシスは高クロール性代謝性アシドーシスと呼ばれることもあります。
頻度ははるかに下がりますが,アニオンギャップ高値が代謝性アシドーシスとは無関係であることもあり,一部の測定されない陰イオンの蓄積を反映している場合があります。例えば,高リン血症(血漿中リン酸イオン[PO42-]濃度の上昇),高アルブミン血症(血漿中アルブミン濃度の上昇),またはIgA産生多発性骨髄腫(陰イオンタンパク質であるIgA免疫グロブリンが産生される)などの場合です。測定されない陰イオンが周りに多くなると,総電荷の均衡を保つため,重炭酸イオン(HCO3-)および塩化物イオン(Cl-)の濃度は低下します。その結果,アニオンギャップ[Na+]-([Cl-]+[HCO3-])が大きくなります。
アニオンギャップのわずかな上昇は代謝性アルカローシスでもみられます。これは,pHが高い,すなわちアルカリ性であると,アルブミンから水素イオン(H+)が放出されるためです。この結果,各アルブミン分子の正味の負電荷が増大します。ここでもまた,アルブミンという測定されない陰イオンが周りに多く存在することで,重炭酸イオン(HCO3-)および塩化物イオン(Cl-)の濃度が低下するため,アニオンギャップが増大します。
まれに,血漿アニオンギャップが正常より低くなる(一般的に3mEq/L未満と定義される)ことがあります。これは測定されない陰イオンの濃度の減少,例えば低アルブミン血症(血漿アルブミン濃度の減少)によって引き起こされます。血漿全体での負電荷の減少を防ぐため,重炭酸イオンと塩化物イオンの濃度が上昇しますが,その結果アニオンギャップ =[Na+]-([Cl-]+[HCO3-])が低下します。さらにまれではありますが,測定されない陽イオンの増加によってアニオンギャップの低下が生じることもあり,そのような例としては,高カリウム血症(K+濃度の上昇),高カルシウム血症(Ca2+濃度の上昇),高マグネシウム血症(Mg2+濃度の上昇)のほか,IgG産生型多発性骨髄腫患者でのIgG免疫グロブリンの産生などがあります。興味深いことに,IgGは陽イオンであるのに対し,IgAは陰イオンなのです。血漿中の正電荷を維持する必要があるため,ナトリウム濃度が低下し,アニオンギャップ =[Na+]-([Cl-]+[HCO3-])が減少します。
以上のように,血漿アニオンギャップとは,血漿中ナトリウムイオン(Na+)濃度と,血漿中塩化物イオンおよび重炭酸イオンの合計濃度(Cl− + HCO3−)との差であり,血漿中の測定されない陰イオンを表します。その正常範囲は3~11mEq/Lですが,その上昇はほぼ常に乳酸アシドーシスや糖尿病ケトアシドーシスなどの有機酸代謝性アシドーシスに起因します。
Plasma Anion Gap (https://www.youtube.com/watch?v=jg2_e2M7Opg&index=8&list=PLY33uf2n4e6PT53f0Z5LmFHo7Vb0ljn5b) by Osmosis (https://open.osmosis.org/) is licensed under CC-BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/).