橈骨動脈にカテーテルを留置するには,ガイドワイヤー付きカテーテルまたは血管用留置針(angiocatheter,catheter-over-needle)のいずれかを使用する。
橈骨動脈は動脈カテーテル留置法で最も頻用される部位である。
装置があり,訓練を受けたスタッフがいる場合,超音波ガイド下でのカテーテル挿入は,動脈の脈が触知できないとき(例,肥満または動脈が細いことによる)に有用である。
(血管確保および超音波ガイド下橈骨動脈カテーテル挿入も参照のこと。)
橈骨動脈カテーテル挿入の適応
重症(critically ill)で状態が不安定な患者,特に難治性ショックおよび呼吸不全がある患者,または体液の移動もしくは失血を伴う複雑な手術を受ける患者において以下のために用いられる:
持続的な血圧測定
動脈血ガスの反復測定
臨床検査のための反復採血
橈骨動脈カテーテル挿入の禁忌
絶対的禁忌
触知不能または超音波検査で検出できない動脈(動脈の存在が予想されるという理由だけで,決してその部位にカテーテルを穿刺しようとしない)
不適切な状態の動脈(例,当該肢における透析による瘻孔,血栓が形成された動脈または到達不能な動脈,四肢全体の虚血)
尺骨動脈循環からの側副血行が不十分
全層熱傷(full-thickness burn)
穿刺部位の局所感染
相対的禁忌
凝固障害(抗凝固療法*を含む)または最近の/近々開始予定の血栓溶解療法:このような状況では,橈骨動脈は動脈カテーテル挿入部位として望ましいが,穿刺部位での出血を止め血腫を予防するために,長時間の圧迫(例,10分以上)が必要になることがある。
局所の解剖学的変形(外傷性または先天性),または重度の肥満
当該部位の手術歴
四肢遠位部の虚血/壊疽
*抗凝固療法(例,心房細動に対するもの)は橈骨動脈カテーテル挿入に伴う出血リスクを高めるが,このリスクを,抗凝固療法を解除した場合の血栓(例,脳卒中)発生リスクの増大と勘案する必要がある。解除を検討している場合は,患者の抗凝固療法を管理している医師と話し合い,続いて患者と話し合う。
橈骨動脈カテーテル挿入の合併症
合併症としては以下のものがある:
血腫
感染症
動脈損傷
血栓症(カテーテル自体が原因となる)
神経の損傷
カテーテルの誤留置
カテーテル関連感染のリスクを低減するため,橈骨動脈カテーテルの留置期間は最長7日間とし,透明の閉鎖性ドレッシングには不必要に触らないようにする。カテーテルは,不要になった時点または何らかの感染徴候が認められた時点で直ちに抜去すべきである。
まれな合併症として以下のものがある:
遠位部の虚血または壊死
仮性動脈瘤
動静脈瘻
コレステロールプラーク(すなわちアテローム性プラーク);空気,ガイドワイヤー,またはカテーテルによる塞栓
手の虚血がまれに起こることがあり,これは血栓もしくは塞栓,内膜解離,または血管攣縮による。通常,尺骨動脈からの側副血行が有意な虚血を予防する。動脈血栓症のリスクは,細い動脈でより高く(女性で発生率が高いことを説明できる),カテーテル留置期間が長くなるにつれ上昇する。血栓症および遠位虚血の発生率は,大腿動脈カテーテル留置でははるかに低い。閉塞した動脈は,カテーテル抜去後に,ほとんどの場合再開通する。
橈骨動脈カテーテル挿入で使用する器具
無菌操作,バリアによる防護
消毒液(例,クロルヘキシジン,ポビドンヨード)
滅菌ドレープ,タオル
滅菌キャップ,マスク,ガウン,手袋
フェイスシールド
橈骨動脈カテーテル挿入デバイス
アームボード,ガーゼロール,テープ
局所麻酔薬(例,アドレナリン無添加の1%リドカイン,25G針および3mLシリンジ)
滅菌ガーゼ(例,10cm四方)
3mLおよび5mLシリンジ
カテーテル挿入デバイス(例,カテーテルとガイドワイヤーが一体化したデバイス;別個に用意した注射針,ガイドワイヤーおよびカテーテル;または20または22Gの末梢静脈用留置針[catheter-over-needle])
血圧モニター;点滴用生理食塩水バッグ(500mL),加圧バッグ,およびハンガー;動脈圧ラインセットまたは個別に用意した器具(すなわち,圧トランスデューサー,動脈ライン用のチューブ[圧測定用の耐圧チューブ],三方活栓)
非吸収性の縫合糸(例,3-0または4-0ナイロンまたは絹糸)
クロルヘキシジンパッチ,透明の閉鎖性ドレッシング
助手が1人か2人いると助けとなる。
橈骨動脈カテーテル挿入に関するその他の留意事項
動脈カテーテル留置は,普遍的な(バリアによる)防護策を用いて清潔下に行う。
橈骨動脈へのカテーテル挿入が不成功に終わった場合は,より近位での挿入を試みることもあるが,これは動脈攣縮が起こらず,橈骨動脈の拍動が引き続き触知できる場合に限る。脈拍が消失した場合は,同動脈および同側の尺骨動脈へのカテーテル挿入をそれ以上試みることは禁じられる。
橈骨動脈へカテーテルを挿入できない場合の代替の動脈としては,末梢では上腕動脈または足背動脈,中枢寄りでは大腿動脈または腋窩動脈などがある。
橈骨動脈カテーテル挿入における重要な解剖
橈骨動脈は,手関節遠位の腹外側部を覆う皮膚の近くに位置し,橈骨茎状突起のちょうど内側,橈側手根屈筋腱の外側に位置する。
橈骨動脈カテーテル挿入での体位
患者を座位(背もたれを倒した楽な状態)または仰臥位にする。
前腕を回外させ,手関節を伸ばした状態でベッドまたはベッドサイドのテーブルの上に置く;手関節の下に支えを置くと有用なことがある。
ベッドサイドに立つか座って,カテーテルを挿入する動脈がある腕の近位側に術者の利き手ではない方の手が来るようにする;これにより利き手を使って自然な動きでカテーテルを近位方向に挿入できる。
橈骨動脈カテーテル挿入のステップ-バイ-ステップの手順
利き手ではない方の示指の先で橈骨動脈を念入りに触診する。動脈を全体的に触診し,解放し,動脈の上で指をわずかに動かすことで,動脈の中心軸(脈拍が最も強い領域)を正確に識別する。
医師によってはアレンテストを行い,橈骨動脈がカテーテルで閉塞した場合に,手を灌流できるだけの十分な尺骨動脈の側副血行があるかどうかを判断することもある。患者にきつく拳を握らせている間に,尺骨動脈と橈骨動脈の両方を指で圧迫する。動脈を圧迫したまま,患者に拳を開いて指を広げさせると,手掌と指が白くなる。その後,橈骨動脈は圧迫したままで,尺骨動脈の圧迫を解除する。橈側の手と指が5~10秒以内に再灌流すれば,側副血行は十分と考えられる。あるいは,単に触診またはドプラを用いた評価により尺骨動脈の血流の存在を確認する。
前腕を回外させ,背側に置いたアームボードに手と前腕中央をテープで固定し,手関節の下にガーゼロールを置いて手関節を適度に伸展させる。
器具と清潔野の準備を行う
動脈圧モニタリングに必要な器具を組み立てる:点滴用生理食塩水バッグを加圧バッグ(未加圧)内に入れ,動脈圧測定用チューブを生理食塩水のバッグに接続し,内部に残っている空気をバッグからラインに絞り込む。バッグを吊し,ドリップチャンバーをつまんで半分まで液を満たした後,液を流して空気を洗い出す。圧トランスデューサーを圧力モニターに接続する(プラグを差し込む)。トランスデューサーを心臓の高さ(すなわち,中腋窩線と第4肋間の交点の外側)に設置する。トランスデューサーを大気に開放し,トランスデューサーのシグナルをモニター上で0に校正した後,トランスデューサーを大気から遮断する。チューブから完全に空気を抜く。全てのベント(開放)キャップ(vent cap)を取り外し,全てのポートでシール(閉鎖)キャップ(sealed cap)に取り替える。次にバッグを300mmHgに加圧する。全操作を通じて,チューブ全ての接続点の無菌状態を維持する。
滅菌された器具を滅菌カバーをかけたトレイに置く。
滅菌された術着を着用し,バリアによる防護を行う。
カテーテル挿入用器具をテストする:カテーテルを針の周りに回転させ,ガイドワイヤーを針の内外にスライドさせて滑らかに動くことを確認する。シリンジのプランジャーを押し引きして自由に動くようにし,シリンジ内の空気を抜く。
25G針を付けた3mLシリンジに局所麻酔薬を吸引する。
手関節腹側を消毒液(例,クロルヘキシジン/アルコール)で広く消毒する。
少なくとも1分間置いて消毒液を乾燥させる。
滅菌されたタオルとドレープを穿刺部位に置く。
カテーテル挿入部位を麻酔する
予想される針の挿入経路に沿って1~2mLの麻酔薬を皮膚および皮下に注射する。橈骨動脈が触診しにくくなるような大きさの水疱を皮膚に作らないこと。
針が血管内へ入ったことを確認するため,また血管内への注射を防ぐため,針を進めるときはシリンジのプランジャーを軽く陰圧に保っておく。
動脈に針を挿入する
上述の通り,利き手ではない方の手で手関節の橈骨動脈の位置を再確認し,触診を続けて動脈への針の挿入を誘導する。
カテーテル挿入用器具を利き手の母指と示指で挟む。針先のベベル型の刃面を上に向ける。
橈骨茎状突起から少なくとも1cm近位に離れた橈骨動脈拍動の正中線上に,針先のベベル型の刃面を上に向けてカテーテル挿入用器具を約30~45°の角度で皮膚内近位側(頭側)に進めて動脈と交差させる。
鮮紅色の逆血がカテーテルのリザーバーまたは外筒に現れる(カテーテルの先端が動脈内腔に入ったことを示す)まで,カテーテルを一定の力で進める。
この位置でデバイスが動かないように保持する。
Catheter-over-wire式の器具を1~2cm挿入しても逆血が現れない場合,デバイスをゆっくりと徐々に抜去する。動脈の反対側まで貫通してしまっている場合,針の先端を引き抜くと先端が内腔に戻り逆血が現れることがある。それでも逆血がない場合は,器具を皮膚表面の近くまで引き抜き,方向を変えて,再び動脈内への挿入を試みる。
留置針を1~2cm挿入しても逆血が現れない場合,カテーテルをしっかり把持し,ゆっくりと針を引き抜く。針の先端のみが奥の動脈壁まで貫通してしまっていた場合,逆血が現れることがある。もし逆血がなければ,そのまま針を引いて抜去し,続いてカテーテルをゆっくり引き抜く。逆血が現れた場合は,抜去を中止し,カテーテルを動脈内へ進めるよう試みる(カテーテルを再び進める前にガイドワイヤーを挿入して,動脈内腔へのカテーテルの挿入を助ける術者もいる)。
急速な局所腫脹がみられる場合,血液が血管外に漏出している。処置を終了する:針を抜去し,ガーゼパッドで穿刺部位を10分間以上圧迫し,出血および血腫の発生を抑える。
血液還流を評価する
穿刺部位でカテーテル穿刺用デバイスの下に方形のガーゼを置く。
デバイスのリザーバーまたは外筒を観察して,拍動性の血流を確認する。必要であれば,拍動性の血流が現れる(動脈内へ留置されていることを示す)までデバイスをわずかに前進または後退させる。
この位置でデバイスを静止させたまま保持する。
動脈カテーテルを進める
Catheter-over-wire法
ガイドワイヤーを針に通して動脈に挿入する。ワイヤーを無理に通そうとしないこと;ワイヤーは滑らかにスライドするはずである。
ガイドワイヤーが抵抗にぶつかった場合は,動脈壁に当たったか貫通した可能性がある。Catheter-over-wire式の器具を一体として抜去し,ガーゼパッドで穿刺部位を10分間圧迫し(出血および血腫の予防のため),新しいワイヤー付きカテーテルを用いて新たな部位でやり直す。
針のハブをしっかりと保持し,捻るような動きで針とガイドワイヤーの上でカテーテルをスライドさせ,動脈内に挿入する。
留置針
挿入の方法は,末梢静脈から点滴を開始する場合と本質的には同じである。
挿入時の角度をさらに寝かせるようにし,留置針をさらに2mm進めて,カテーテル先端が確実に内腔に入るようにする。このステップが必要なのは,針の先端はカテーテルの先端よりわずかに先にあるためである。
針のハブをしっかりと保持し,針の上にカテーテルを滑らせて動脈に挿入する;カテーテルは滑らかにスライドするはずである。
カテーテルに抵抗が生じた場合は,ゆっくりと針を引き抜き,続いてカテーテルを引き抜き,もし逆血がみられれば直ちに抜去を中断してカテーテルを再び進める。カテーテルが挿入できない場合は,抜去して最初からやり直す。決して針の上をスライドさせてカテーテルを引き抜いたり,針をカテーテルに再度挿入したりしてはならない。(患者の体内でカテーテルの先端が剥離する可能性がある)。また,ガイドワイヤーを決して針から引き抜いてはならない。ガーゼパッドで穿刺部位を10分間圧迫する。
カテーテルが血管内腔にあっても進めることができない場合がある。その場合はカテーテルをシリンジの液で洗い流しながらカテーテルを進めることを試みる
動脈ラインのチューブを接続する
圧測定用のチューブ(生理食塩水であらかじめ洗い流したもの)をカテーテルのハブに接続し,モニター画面で動脈圧波形を確認する。
穿刺部位をドレッシングする
カテーテルをずらしてしまわないよう注意しながら,全ての血液および液体を刺入部位からガーゼで拭き取る。
穿刺部位にカテーテルを縫合する。皮膚の壊死を避けるため,皮膚の中で組織を絞扼しないように(air loop)結紮し,縫合の末端をカテーテルのハブに結びつける。
透明の閉鎖性ドレッシングを貼付する。一般的に,ドレッシングをする前にクロルヘキシジンを含浸させた円形パッドで穿刺部位を消毒する。
チューブを誤って牽引してしまいカテーテルが外れるのを防ぐため,動脈ラインのチューブをループ状に巻き,穿刺部位から離れた位置の皮膚にテープで留める。
ドレッシングにカテーテル挿入を行った日付と時刻を記入する。
橈骨動脈カテーテル挿入の注意点とよくあるエラー
脈拍の正確な中心を慎重に識別しないと,動脈を見逃す可能性が高くなる。
脈拍が最大になる位置を特定しようとするときに指を左右にスライドさせると,不正確な結果になる可能性があるため,指を持ち上げて新しい位置に合わせ直す。
針が適切な深さに達しているのに動脈に入らない場合は,先端を左右に動かして針の位置を変えようとしてはならない;組織を損傷する可能性がある。それを避けるため,針を皮膚表面の近くまで引き抜いてから挿入角度と挿入方向を変える。
決して薬剤を動脈ラインに注射してはならない。
心肺停止など,低血圧と低酸素血症がある状態では,動脈血が暗く非拍動性のことがあり,静脈血と見誤ることがある。
橈骨動脈カテーテル挿入のアドバイスとこつ
穿刺時に脈を触診しながら動脈を強く押しすぎないようにする;強く押しすぎると動脈が圧迫され,カテーテル挿入が困難になることがある。
動脈ラインは手関節の位置変化に敏感な場合があり,患者の動きに伴う圧力および/または波形の変化に注意する。手関節を最適な位置に固定しなければならない場合がある。