HIV感染症の抗レトロウイルス療法

執筆者:Edward R. Cachay, MD, MAS, University of California, San Diego School of Medicine
レビュー/改訂 2023年 2月
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無治療の患者ではCD4陽性細胞数が高くても合併症が発生する可能性があるため,また,毒性の低い薬剤が開発されたことから,現在では抗レトロウイルス療法(ART)による治療が全ての患者に推奨されている。ARTのベネフィットは,詳細に検討された全ての患者群と状況においてリスクを上回っている。

ARTでは以下を目標とする:

  • 血漿HIV RNAレベルを検出限界未満の水準(20~50コピー/mL未満)まで減少させること

  • CD4陽性細胞数を正常値まで回復させること(免疫の回復または免疫再構築)

ARTでは,患者が薬剤の服用を95%以上遵守すれば,通常は目標を達成できる。

治療が失敗した場合は,薬剤感受性(耐性)試験により,利用できる全ての薬剤について優勢なHIV株の感受性を判定することができる。遺伝子型解析も役立つ場合がある。

多くのHIV感染者が,複数の錠剤を含む複雑なレジメンで治療を受けている。抗HIV薬の新しい合剤が使用可能になったことで,HIV DNAアーカイブの遺伝子型検査(GenoSure Archive)を指針とするARTレジメンの簡略化によって,多くの患者が便益を得るようになった。

(ヒト免疫不全ウイルス[HIV]感染症の治療も参照のこと。)

抗レトロウイルス薬のクラス

ARTでは,複数のクラスの抗レトロウイルス薬が使用される。2つのクラスはHIVの侵入を阻害するのに対し,それ以外のクラスはヒト細胞内での複製に必要な3つのHIV酵素のうち1つを阻害するものであり,3つのクラスはRNA依存性およびDNA依存性DNAポリメラーゼの活性を遮断することで逆転写酵素を阻害する。

  • ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(NRTI)がリン酸化されてできる活性代謝物は,競合的にウイルスDNAに取り込まれる。これがHIV逆転写酵素を競合的に阻害し,DNA鎖の合成を停止させる。

  • ヌクレオチド系逆転写酵素阻害薬(nRTI)もNRTIと同様にHIV逆転写酵素を競合的に阻害するが,最初のリン酸化は不要である。

  • 非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)は,逆転写酵素に直接結合する。

  • プロテアーゼ阻害薬(PI)は,宿主細胞からの出芽後のHIVウイルス粒子の成熟に極めて重要な役割を果たすウイルスプロテアーゼを阻害する。

  • 侵入阻害薬(EI)は,ときに膜融合阻害薬とも呼ばれ,HIVがCD4受容体およびケモカイン補助受容体に結合するのを妨げる;この結合はHIVが細胞に侵入するのに必要である。例えば,CCR-5阻害薬はCCR-5受容体を遮断する。

  • 接着後阻害薬(post-attachment inhibitor)は,CD4受容体に結合し,HIV(これもCD4受容体に結合する)が細胞内に侵入するのを阻止する。

  • インテグラーゼ阻害薬は,HIV DNAがヒトのDNAに組み込まれるのを阻害する。

  • 接着阻害薬(attachment inhibitor)は,ウイルスエンベロープ上のCD4陽性細胞結合部位に近接する糖タンパク質120(gp120)に直接結合するが,これによりウイルスとCD4細胞表面の受容体との最初の相互作用に必要な高次構造の変化が阻止され,その結果,接着とそれに続く宿主のT細胞や他の免疫細胞への侵入が阻止される。

抗レトロウイルス薬のレジメン

通常,野生型HIVの複製を完全に抑制するには,クラスの異なる2~4剤を併用する必要がある。具体的にどの薬剤を選択するかは,以下に応じて判断する:

  • 予想される有害作用

  • レジメンの単純さ

  • 併存疾患(例,肝または腎機能障害)

  • 使用しているその他の薬剤(薬物相互作用を避けるため)

アドヒアランスを最大限に高めるため,安価な費用で,1日1回(より好ましい)または1日2回の服用で済み,かつ忍容性の高いレジメンを選択すべきである。治療の開始,選択,切替え,および中断に関して,ならびに女性および小児の治療時の特殊な問題に関して,専門家会議によるガイドラインが定期的に改定され,米国保健福祉省(Department of Health and Human Services)のウェブサイト(AIDSinfo)で更新されている。

レジメンを簡略化してアドヒアランスを改善するため,現在では組合せの固定された2剤以上の薬物を含有する錠剤が幅広く利用されている。

抗HIV活性のある薬物の血中量を増加させることを目的として,抗HIV活性のある薬剤と不活性の薬物動態学的増強因子であるコビシスタットを組み合わせた用量固定配合剤を使用することができる。

配合錠の有害作用は,含有されている各薬物の有害作用と同一である。

筋肉内注射が可能な長時間作用型薬剤

このレジメンは,2剤の抗レトロウイルス薬と長時間作用型の懸濁剤,すなわちリルピビリン,NNRTI(非核酸系逆転写酵素阻害薬),およびインテグラーゼ阻害薬のカボテグラビルで構成される。このレジメンは2カ月毎の筋肉内注射で投与することができる。この注射レジメンを希望する患者は,HIVに感染した成人で,安定したレジメンでウイルス学的に抑制された状態(HIV-1ウイルス量50コピー/mL未満)にあり,治療不成功の既往がなく,リルピビリンおよびカボテグラビルに対する耐性が判明しておらず,疑われてもいない患者でなければならない。このレジメンにはB型肝炎に対する治療効果はないため,活動性B型肝炎の患者はしばしば除外される。多くの場合,まずは4週間にわたるカボテグラビルおよびリルピビリンの経口投与で治療を開始し,これらの薬剤にどれくらい耐えられるかを評価する。よくみられる有害作用は,注射部位疼痛,微熱,および頭痛である。注射後の過敏反応はまれである。この作用時間の長い注射レジメンは,依然として世界のHIVによる疾病負担が大きい地域の大半で限定的にしか使用されていない。

薬物相互作用

抗レトロウイルス薬間の相互作用により,効力が向上したり低下したりすることがある。

例えば,リトナビルを治療量に満たない用量(100mg,1日1回)で,別のプロテアーゼ阻害薬(PI)(例,ダルナビル,アタザナビル)と併用すると,効力が高まることがある。リトナビルは他のPIを代謝する肝酵素を阻害する。治療量のPIのクリアランスを遅延させることで,リトナビルはPIの濃度を上昇させ,その高い濃度をより長く維持し,投与間隔を短縮させ,効力を高める。別の例として,ラミブジン(3TC)とジドブジン(ZDV)の併用がある。どちらかを単剤で投与すると急速に耐性が生じるが,3TCに反応して耐性を生じさせる変異は,ZDVに対するHIVの感受性を増大させる。したがって,両剤の併用により相乗効果が得られる。

また逆に,抗レトロウイルス薬間の相互作用によって各薬剤の効力が低下する場合もある。ただし,そのような併用が臨床で選択されることはまれになっている(例,ZDVとサニルブジン[d4T])。

薬物の併用により,いずれかの薬物が有害作用を起こすリスクがしばしば高まる。考えられる機序としては以下のものがある:

  • チトクロムP450によるPIの肝代謝:その結果,他の薬物の代謝が低下する(それにより血中濃度が上昇する)。

  • 付加的毒性:例えば,サニルブジン(d4T)やジダノシン(ddI)などの第1世代NRTIを併用すると,代謝への有害な影響や末梢神経障害が発生する可能性が高まる。また,フマル酸テノホビル ジソプロキシルをリトナビルで増強するレジメンを使用すると,テノホビル ジソプロキシルの血漿中濃度が上昇し,特定の併存症により感受性が高まっている患者では腎機能障害が起こる。

多くの薬剤が抗レトロウイルス薬に干渉する可能性がある。リファンピシンまたはリファブチンを含有する結核治療薬と同時に投与する場合,ビクテグラビルの合剤は禁忌である。リファンピシン/リファブチンの誘導作用によりビクテグラビルの血中濃度が過度に低下し,HIVのウイルス学的失敗のリスクが高まる(Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents: Drug-Drug Interactionsを参照);そのため,新しい薬剤を開始する際は必ず,事前に相互作用について確認すべきである。

薬物相互作用に加えて,以下の物質はいくつかの抗レトロウイルス薬の活性に影響を及ぼすため,摂取を避けるべきである:

  • グレープフルーツジュース:PIであるサキナビルを分解する消化管内の酵素を阻害することにより,サキナビルの生物学的利用能を上昇させる

  • セントジョーンズワート:PIおよび NNRTIの代謝を促進することにより,PIおよび NNRTIの血中濃度を低下させる

抗レトロウイルス薬の有害作用

抗レトロウイルス薬は重篤な有害作用を引き起こす可能性がある。これらの作用の一部,特に貧血,肝炎,腎機能不全,膵炎,および耐糖能障害は,症状を引き起こす前に血液検査で検出できる。特に新しい薬剤を開始した後や説明できない症状が発生した後には,臨床的評価と適切な臨床検査(血算;高血糖,高脂血症,肝および膵障害,ならびに腎機能に関する血液検査;尿検査)の両方により定期的に患者を検査すべきである。

代謝への影響は,脂肪再分布,高脂血症,およびインスリン抵抗性が相互に関連して生じる症候群である。一般的には皮下脂肪が顔面と四肢から体幹,頸部,乳房,および腹部へと再分配され,これは患者の美容面を損なって苦痛の原因となりうる(リポジストロフィーと呼ばれる)。この結果生じる顔面の深い溝は,コラーゲンまたはポリ乳酸注入で治療することが有益となりうる。

中心性肥満,高脂血症,およびインスリン抵抗性は,メタボリックシンドロームを構成する要素であり,心筋梗塞,脳卒中,および認知症のリスクを増大させる。

全てのクラスの抗ウイルス薬は,これらの代謝への影響に寄与すると考えられるが,関与が最も明らかなのはPIである。リトナビルまたはd4Tなどのより古いART薬は,一般的に代謝に影響を及ぼす。フマル酸テノホビル ジソプロキシル,エトラビリン,アタザナビルまたはダルナビル(定用量リトナビルとの併用時でも),ラルテグラビル,およびマラビロクのような他の薬物は,脂質濃度に最小限度から軽度の影響を及ぼすようである。

代謝に影響を与える機序は複数あるとみられており,その1つがミトコンドリア毒性である。代謝への影響(PIで最も高い)およびミトコンドリア毒性(NRTIで最も高い)のリスクは,薬物クラス間でも,薬物クラス内でも異なる(例,NRTIの中ではd4Tが最も高い)。

これらの代謝への影響は用量に依存し,しばしば治療開始後1~2年以内に始まる。乳酸アシドーシスは,まれであるが,死に至る可能性がある。

非アルコール性脂肪性肝疾患は,HIV感染者で認識されることが増えている。初期世代の特定のART薬は脂肪肝を引き起こすが,それらの使用が減少するにつれて,脂肪肝の発生率は減少した。それでも,より新しい世代のART薬にも脂肪肝のリスクはあるようである。

長期的な影響や,代謝への影響に対する至適な管理方針については不明である。脂質低下薬(スタチン系薬剤)とインスリン抵抗性改善薬(グリタゾン系薬剤)が役立つ可能性がある。健康増進に役立てる手段としての健康的な食事と定期的な運動の継続について,患者のカウンセリングを行うべきである。(HIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of AmericaおよびAdult AIDS Clinical Trials Groupの推奨[Guidelines for the evaluation and management of dyslipidemia in HIV-infected adults receiving antiretroviral therapy]も参照のこと。)

ARTの骨合併症としては,無症候性の骨減少症や骨粗鬆症などがあり,これらはよくみられる。まれに,股関節や肩関節などの大関節の骨壊死により,重度の関節痛および機能障害が生じる。骨合併症の機序はほとんど解明されていない。

HIVにおけるリポジストロフィー(脂肪萎縮症)
HIVにおけるリポジストロフィー(脂肪萎縮症)(1)
HIVにおけるリポジストロフィー(脂肪萎縮症)(1)

これらの写真は,リポジストロフィーおよび脂肪萎縮症の臨床徴候を示している。左の写真では,「野牛肩(buffalo hump)」(赤矢印)として知られる後頸部の脂肪組織の蓄積がみられる。右の写真では腹部脂肪の増加がみられる。HIV感染者にみられる腹部脂肪は,臓器腔の深部に蓄積する(内臓脂肪)。右の写真では,脂肪萎縮症と呼ばれる,腕および下肢の皮下脂肪の減少も認められる。

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Image courtesy of Dr. Edward R.Cachay.

HIVにおけるリポジストロフィー(脂肪萎縮症)(2)
HIVにおけるリポジストロフィー(脂肪萎縮症)(2)

抗レトロウイルス薬の使用により,体脂肪が顔面および四肢(写真左)から体幹,乳房,腹部(写真中央),および頸部(写真右)へ再分布することがある。

© Springer Science+Business Media

免疫再構築症候群(IRIS)

ARTを開始した患者は,たとえ血中HIVレベルが抑制され,CD4陽性細胞数が増加したとしても,ときに臨床的な増悪をみることがあるが,これは不顕性の日和見感染症に対して,あるいは日和見感染症の治療が成功した後も残存する微生物抗原に対して起こる免疫応答に起因する(より詳細な考察は免疫再構築症候群を参照)。

抗レトロウイルス療法の中断

ARTを中断する際は,全ての薬剤を同時に中止すれば通常は安全であるが,緩徐に代謝される薬物(例,ネビラピン)の濃度は高いまま維持されるため,耐性のリスクが上昇する。併存疾患の治療を要する場合,または薬物毒性に耐えられないか薬物毒性を評価する必要がある場合には,中断を要することがある。毒性の原因となっている薬剤を特定するために中断した後は,大半の薬剤は単剤療法として再開することができ,数日間までであれば安全に使用できる。

パール&ピットフォール

  • アバカビルに対する有害反応を呈したことのある患者には,この薬剤を再投与してはならない。それらの患者がこの薬剤に再び曝露すると,致死的となりうる重度の過敏反応が発生する可能性がある。アバカビルに対する有害反応のリスクは,HLA-B*57:01を有する患者で100倍上昇するが,これは遺伝子検査で同定できる。

注:最も重要な例外はアバカビルである;アバカビルへの過去の曝露時に発熱または発疹がみられていた患者は,再曝露によって致死的となりうる重度の過敏反応を発症することがある。アバカビルに対する有害反応のリスクは,HLA-B*57:01を有する患者で100倍上昇するが,これは遺伝子検査で同定できる。

より詳細な情報

有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents: Drug-Drug Interactions

  2. Primary Care Guidelines for the Management of Persons Infected with Human Immunodeficiency Virus: 2020 Update by the HIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of America: Evidence-based guidelines for the management of people infected with HIV

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