肺塞栓症(PE)

執筆者:Todd M. Bull, MD, University of Colorado, Pulmonary and Critical Care;
Peter Hountras, MD, University of Colorado
レビュー/改訂 2023年 7月
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肺塞栓症(PE)とは,典型的には下肢または骨盤の太い静脈など,他の場所で形成された血栓による肺動脈の閉塞である。肺塞栓症の危険因子は,静脈還流を障害する状態,血管内皮の障害または機能不全を引き起こす状態,および基礎にある凝固亢進状態である。肺塞栓症の症状は非特異的であり,呼吸困難,胸膜性胸痛などに加え,より重症例では,ふらつき,失神前状態,失神,または心肺停止などがみられる。徴候もまた非特異的であり,頻呼吸,頻脈に加え,より重症例では,低血圧などがみられることがある。肺塞栓症の診断は,主にCT血管造影によって行われるが,換気血流シンチグラフィーが必要になることもある。肺塞栓症の治療としては,抗凝固薬に加え,ときに血栓溶解薬の全身投与またはカテーテルを介した投与による血栓溶解療法,もしくはカテーテル血栓吸引術または外科的切除による血栓の除去を行う。抗凝固療法の禁忌がある場合は,抗凝固療法を再開するまで下大静脈(IVC)フィルターの留置を検討できる。予防法には,早期離床,抗凝固薬のほか,入院患者ではときに下肢への機械的圧迫装置が使用される。

European Society of Cardiologyによる2019年版肺塞栓症の診断と治療ガイドラインおよびAmerican Society of Hematologyによる2020版静脈血栓塞栓症ガイドライン:深部静脈血栓症と肺塞栓症の治療も参照のこと。)

肺塞栓症の推定年間発生率は,世界で1000人当たり約1例である(1)。急性PEと診断された人の最大20%がその後90日以内に死亡する(2)。ただし,死因は通常,PEそのものではなく,患者のPEリスクを増大させる基礎疾患である。PEを発症した患者の30~50%が発症から最長で1年後まで機能および運動制限を訴えるが,これは肺塞栓後症候群(post PE syndrome)と呼ばれる(3)。

総論の参考文献

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肺塞栓症の病因

ほぼ全ての肺塞栓症が下肢または骨盤の静脈の血栓から生じる(深部静脈血栓症)。血栓が膝窩静脈またはそれより上に至っている場合,塞栓のリスクがより高くなる。血栓塞栓は腕の静脈または胸部の中心静脈に由来することもある(中心静脈カテーテルまたは胸郭出口症候群に起因する)。

肺塞栓症は血栓以外の塞栓源から生じることもある(例,空気,羊水,脂肪,感染物質,整形外科用セメント,異物,腫瘍による塞栓)。

深部静脈血栓症および肺塞栓症の危険因子(深部静脈血栓症および肺塞栓症の危険因子の表を参照)は小児および成人で同様であり,以下のものがある:

  • 床上安静や歩行がなく動きが制限されるなど,静脈還流を妨げる状態

  • 内皮の障害または機能不全を引き起こす状態(外傷または手術など)

  • 凝固が亢進する(つまり血栓性の)基礎疾患(がんまたは(原発性凝固疾患など)

COVID-19は深部静脈血栓症および肺塞栓症の危険因子であるようである。このリスクは部分的には疾患に伴う活動性の低下に起因する可能性があるが,SARS-CoV-2への感染は血栓形成を促進すると考えられている。

表&コラム
表&コラム

肺塞栓症の病態生理

深部静脈血栓症が発生すると,その血栓は遊離して静脈系および右心内を通過し,肺動脈に詰まることがあり,それによって1本または複数の血管が部分的または完全に閉塞する。その影響は,塞栓の大きさや数,肺の基礎状態,右室がどれだけ良好に機能するか,および血栓を溶解する身体の内因性血栓溶解能に依存する。死亡に至るとすれば,多くの場合,右室不全が原因となる。

小さな塞栓は急性の生理学的影響をもたらさないことがあり,すぐに溶解しはじめて数時間または数日のうちに消失する可能性がある。比較的大きな塞栓は,換気の反射的な増加(頻呼吸),換気血流(V/Q)不均衡による低酸素血症,心拍出量低下による混合静脈血酸素飽和度の低下,肺胞の低炭酸ガス血症およびサーファクタントの異常による無気肺,ならびに機械的閉塞および血管収縮による肺血管抵抗の増加(結果として頻拍および低血圧につながる)を引き起こしうる。大半の塞栓は,中等度の大きさのものでも,内因性溶解によって縮小し,生理学的変化は数時間または数日のうちに軽減する。溶解されず,器質化して残存する塞栓もあり,それがときに慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)を引き起こす。

European Society of Cardiology/American Heart Association(1)によると,肺塞栓症は生理学的影響に従って以下のように分類できる:

  • 高リスク(広範):右室機能障害とそれに起因する低血圧(収縮期血圧が90mmHg未満となるか,または収縮期血圧がベースラインから40mmHg以上低下した状態が15分以上続くことと定義される)がある。

  • 中リスク(亜広範):右室機能障害があるが低血圧を伴わない。この所見は,画像検査(例,CT血管造影,心エコー検査)での右室拡大および/または壁運動低下のほか,循環血中のバイオマーカー(例,トロポニン,脳性ナトリウム利尿ペプチド)の増加によって証明される。European Society of Cardiologyはまた,中リスクの肺塞栓症を,簡易肺塞栓症重症度指数(簡易PESI:simplified pulmonary embolism severity index)> 0の患者とも定義しているため,他の疾患または所見のある患者もこれに含まれることに注意する(1)。中リスクの肺塞栓症はさらに,中高リスク(画像検査かつ血中バイオマーカー高値による右室機能障害の存在)と中低リスク(画像検査または血中バイオマーカー高値による右室機能障害の存在)に分類することができる。

  • 低リスク:右室機能障害も低血圧もみられない(またEuropean Society of Cardiologyの定義では簡易PESIスコア = 0)

鞍状肺塞栓症とは,主肺動脈の分岐部と左右肺動脈に血栓が詰まることであり,鞍状塞栓は通常(ただし常にではない),中リスクまたは高リスクである。鞍状であるからといって特異的な治療アプローチが必要になるわけではない。鞍状塞栓はしばしば大きく,完全なまたは完全に近い閉塞を引き起こすが,比較的細い非閉塞性の塞栓である場合もある。

1~3%の症例では閉塞が慢性的に残存して肺高血圧(慢性血栓塞栓性肺高血圧症)が生じ,それが数カ月から数年かけて進行し,結果として慢性右心不全に至る可能性がある。

大きな塞栓が主要な肺動脈を急性に閉塞した場合,または多数の比較的小さな塞栓が集まってより遠位の血管のかなりの部分を閉塞した場合,右室圧が上昇し,その結果急性右室不全,ショック,または突然死に至ることがある。死亡のリスクは右心系の圧の上昇程度と上昇速度,および患者の心肺の基礎状態に左右される。既存の心肺疾患がある患者では死亡のリスクが高いが,若年かつ/またはその他の点で健康な患者は血管床の > 50%を閉塞するPEでも生存できる場合がある。

肺梗塞(肺組織の虚血につながる肺動脈血の遮断であり,胸部X線または他の画像検査でときに胸膜に接する[辺縁に位置する],しばしば楔形の陰影[Hampton hump]がみられる)がPEと診断された患者の < 10%で起こる。この割合の低さは,肺が二重の血液供給(すなわち,気管支動脈および肺動脈)を受けているためである。一般に肺梗塞は,比較的小さな塞栓が,比較的遠位の肺動脈に詰まることにより起こり,ほぼ常に完全に可逆的である;肺梗塞は早期に(多くの場合壊死が起こる前に)認識される。

病態生理に関する参考文献

  1. 1.Konstantinides SV, Meyer G, Becattini C, et al: 2019 ESC Guidelines for the diagnosis and management of acute pulmonary embolism developed in collaboration with the European Respiratory Society (ERS). Eur Heart J 2020;41(4):543-603.doi:10.1093/eurheartj/ehz405

肺塞栓症の症状と徴候

大部分の肺塞栓症は狭範囲型であり,生理学的に有意ではなく,無症候性である。症状は,現れたとしても非特異的であり,頻度および重症度は様々で,肺血管閉塞の程度および発症前の心肺機能により異なる。

塞栓はしばしば以下の症状を引き起こす:

  • 急性呼吸困難

  • 胸膜性胸痛(肺梗塞がある場合)

呼吸困難は安静時にはほとんどみられない可能性があるが,活動時に悪化しうる。

比較的まれな症状として以下のものがある:

  • 咳嗽(通常は併存疾患または肺動脈の拡張による)

  • 喀血(肺梗塞がある場合ときにみられる)

高齢患者では,精神状態の変化が最初の症状である可能性がある。

広範型の肺塞栓では,低血圧,頻脈,ふらつき/失神前状態,失神,または心停止が生じる可能性がある。

肺塞栓症で最も頻度が高い徴候は以下の通りである:

  • 頻脈

  • 頻呼吸

あまり一般的ではないが,低血圧がみられることもある。

肺動脈成分の亢進(P2)によるII音(S2)の亢進が聴取される可能性があるが,急性PEでは,肺動脈圧の上昇がごくわずかであるためまれである。断続性ラ音または喘鳴が生じることがあるが,これらの音は通常,併存疾患によるものである。右室不全がある場合は,内頸静脈怒張と傍胸骨拍動が著明となる場合があり,また三尖弁逆流を伴うまたは伴わない右室性奔馬調律(III音)が聴診されることもある。

発熱は,基礎疾患によるものではない限り,認められても通常は微熱である。

肺梗塞の特徴として,典型的には胸痛(主に胸膜性)および,ときに喀血がみられる。胸壁に圧痛を認めることがある。

慢性血栓塞栓性肺高血圧症は,右心不全の症候(労作時呼吸困難,易疲労性,および数カ月から数年にわたり発症する末梢浮腫など)を引き起こす。

急性肺塞栓症の患者は,深部静脈血栓症の症状(すなわち,下肢または腕の疼痛,腫脹,かつ/または発赤)も示す可能性がある。しかしながら,そのような下肢の症状はみられないことが多い。

肺塞栓症の診断

  • 強く疑うこと

  • 検査前確率の評価(パルスオキシメトリーおよび胸部X線などの臨床所見に基づく)

  • 検査前確率に基づく検査の施行

症候が非特異的であり,診断検査の感度および特異度も100%ではないため,肺塞栓症の診断は困難である。呼吸困難,胸膜性胸痛,喀血,ふらつき,または失神などの非特異的症状がみられる場合,PEを鑑別診断に挙げることが重要である。そのため,以下が疑われる患者では,鑑別診断としてPEを考慮すべきである:

説明のつかない著明な頻脈が手がかりとなりうる。また,頻呼吸および精神状態に変化のある高齢患者の全例で肺塞栓症を疑うべきである。

初期評価では,パルスオキシメトリー,および胸部X線を行うべきである。心電図検査,動脈血ガス分析,またはその両方が,その他の診断(例,急性心筋梗塞)の除外に役立つ可能性がある。

胸部X線は通常非特異的であるが,無気肺,限局性浸潤影,一側の横隔膜挙上,または胸水を示すことがある。血管影の局所的な消失(Westermark sign),胸膜から隆起する末梢の楔形陰影(Hampton hump),または右肺動脈下行枝の拡張などの古典的な所見は示唆的であるが,一般的ではなく(すなわち,感度が低く),特異度も低い。胸部X線はまた肺炎の除外にも役立つ。肺塞栓症による肺梗塞は,肺炎と間違われる場合がある。

パルスオキシメトリーは,酸素飽和度を評価する迅速な方法である;低酸素血症はPEの1つの徴候であり,さらなる評価が必要である。血液ガス分析の実施も検討すべきであり,パルスオキシメトリーで検出される低酸素血症がないが呼吸困難または頻呼吸のある患者では特に有用である。動脈血ガス分析は肺胞気-動脈血酸素分圧(A-a)較差(ときにA-a勾配と呼ばれる)の増大または低炭酸ガス血症を示すことがある。パルスオキシメトリーおよび血液ガス検査のPEに対する感度は中等度であるが,いずれの検査も特異度は低い。血栓量(clot burden)が少ないか,または代償的過換気によって,酸素飽和度は正常である場合がある;動脈血ガス分析で二酸化炭素分圧(PCO2)が極めて低ければ,過換気と確定できる。

心電図は,しばしば頻脈および様々なST-T波異常を示すが,これは肺塞栓症に特異的なものではない(肺塞栓症における心電図の図も参照)。S1Q3T3(I誘導のS波,III誘導のQ波,III誘導の陰性T波)または新たな右脚ブロックは,右室伝導路に影響を及ぼす右室径の突然の増大を示す場合がある;これらの所見は,特異度は中等度であるが感度は低く,約5%の患者でしかみられない(ただし広範型PEではより高い確率でみられる)。右軸偏位(V1においてR > S)および肺性P波が認められることがある。また,V1からV4誘導ではT波逆転もみられる。

肺塞栓症における心電図

急性肺塞栓症があると診断された患者の心電図では,110/分の洞頻拍,S1Q3T3,およびV1におけるR = Sがみられる。

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臨床確率

肺塞栓症の臨床確率(clinical probability)は,病歴および身体所見と心電図および胸部X線所見を併せて評価する。Wellsスコア,改訂ジュネーブスコア(1),または肺塞栓除外基準(PERCルール:Pulmonary Embolism Rule-Out Criteria rule)などの臨床予測スコアは,急性肺塞栓症が存在する可能性の評価に役立つことがある。これらの予測スコアは,多様な臨床因子に点数を割り付け,検査前のPEの確率(検査前確率)に名称をつけてその累積スコアを対応させたものである。例えば,Wellsスコアの結果はPEの可能性が高いか,または可能性が低いかに分類される。臨床確率スコアは,救急外来を受診する患者において最もよく研究されている。

重要な臨床基準の1つは,PEの可能性が他の診断より高いかどうかの判断であり,この判断はやや主観的である。しかし,経験豊富な医師の臨床判断は正式な予測スコアと同等の,またはそれ以上の感度をもつ。1つまたは複数の症候(特に呼吸困難,喀血,頻脈,または低酸素血症)が臨床的に,または胸部X線により説明できない場合は,おそらくPEの可能性がより高いと考えるべきである。

検査前確率は検査計画および検査結果の解釈の指針となる。PEの確率が低い患者では,最小限の追加検査(すなわち,外来でのDダイマー検査)のみが必要と考えられる。そのような症例では,Dダイマー検査が陰性(< 0.4μg/mL[< 2.2 nmol/L])であれば,PEではないことを強く示唆する。逆に,PEの臨床的疑いが高く,出血リスクが低い場合,追加検査を行い,診断確定を進めながら,抗凝固薬の即時投与を検討すべきである。

PERCルールには8つの基準がある。臨床所見に基づけばリスクが低い患者にこれら全ての基準が認められる場合,PEの検査の適応がないことを意味する(2)。その基準は以下の通りである:

  • 年齢が50歳未満である

  • 心拍数 < 100

  • 酸素飽和度 ≥ 95%

  • 深部静脈血栓症または肺塞栓症の既往がない

  • 片側性の下肢の腫脹がない

  • エストロゲンを使用していない

  • 喀血がみられない

  • 過去4週間以内に入院を必要とした手術または外傷を受けていない

PERCルールの使用は,Dダイマーを用いた従来の検査よりもPEの検査率を下げる方法として推奨されているが,感度および陰性適中率は従来の検査と同程度である。

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診断検査

  • 検査前確率が低いまたは中等度であれば,Dダイマー検査による外来でのスクリーニング

  • 検査前確率が高い,またはDダイマーが上昇していれば,CT血管造影,ただし腎機能不全があるか造影CTの禁忌がある場合は換気血流(V/Q)シンチグラフィー

  • ときに,下肢または上肢の超音波検査(肺の画像検査の実施が遅れているか禁忌である場合に深部静脈血栓症を確認するため)

急性肺塞栓症の疑い症例へのアプローチとして,普遍的に容認されているアルゴリズムはない。PEの診断または除外に最も有用な検査は以下の通りである:

  • Dダイマー検査

  • CT血管造影

  • 換気血流シンチグラフィー

  • Duplex法による超音波検査

心エコー検査は,肺に移動しつつある血栓(clot-in-transit)を特定したり,新たな右室機能障害の所見を見つけたりするのに有用な場合がある。肺塞栓症を示唆する可能性のある心エコー所見には,60/60徴候(肺動脈加速時間が60msec未満かつ三尖弁収縮期圧較差のピークが60mmHg未満)(3)およびMcConnell徴候(右室心尖部と比較して右室自由壁の収縮性が低下している)(4)などがある。

Dダイマーは,内因性フィブリン溶解の副産物である;したがって,その高値は最近の血栓の存在を示唆する。従来から知られていることとして,検査前確率が低いまたは中等度と考えられる場合,Dダイマー値が陰性(< 0.4μg/mL[< 2.2 nmol/L])であることは,PEがないことに対して感度が高く,陰性適中率は95%を超える;したがって,大抵の場合,救急外来または診療所においてPEの診断を除外する上で,このような検査結果は十分に信頼できる。より最近のデータによると,年齢とともにDダイマーの値が上昇する可能性があり,その結果,検査結果が偽陽性となりうることがわかっている。したがって,PEの検査前確率が低いか中程度の50歳以上の患者において,最も一般的な補正方法は年齢に10を乗じた値(ng/mL)をカットオフ値とすることである。しかしながら,深部静脈血栓症(DVT)やPEがない状態でもDダイマーの値が高い患者は多いため(特に入院患者の場合),検査値の上昇は静脈血栓に特異的ではない。したがって,Dダイマー値が上昇している場合またはPEの検査前確率が高い場合は,さらなる検査が必要である。

CT血管造影は,急性肺塞栓症の診断に望ましい画像手技である。迅速かつ正確で,感度および特異度が非常に高い。肺の他の病態に関するさらなる情報(例,低酸素症または胸膜性胸痛の原因がPEではなく肺炎であることが示される)のほか,PEの重症度に関する情報が(例えば,右室径または肝静脈への逆流から)得られることもある。動きによるアーチファクトによる画質の低下または不十分な造影剤ボーラスによって検査の感度が制限されうるが,今のCTテクノロジーでは2秒未満での撮像が可能であり,呼吸困難のある患者でも比較的動きのない画像が得られる。撮影時間が短いため,使用するヨード造影剤の量が少なくなり,その結果急性腎障害のリスクが減少する。

CT血管造影は,主肺動脈もしくは肺葉または区域の血管の肺塞栓症に対する感度が最も高い。それに対して,亜区域の血管の塞栓(全ての肺塞栓症の約30%)に対してCT血管造影の感度は最も低くなる。しかしながら,禁忌がなければ,急性PEの診断にCT血管造影は依然として望ましい方法である。

肺塞栓症における換気血流(V/Q)シンチグラフィーは換気があるが血流を欠く肺の領域を検出する。V/QシンチグラフィーはCT血管造影より時間がかかり,特異度もより低い。しかしながら,胸部X線所見が正常またはほぼ正常で,基礎に重大な肺疾患がなければ,感度の高い検査である。V/Qシンチグラフィーは,腎機能不全のためCT血管造影に必要な造影剤を使えない場合や,妊娠中の患者に特に有用である(5)。一部の病院では,換気と血流に関する3つの画像が得られるポータブル機器を用いてV/Qシンチグラフィーを実施でき,患者の状態が悪く移動できない場合に有用である。血流欠損は,その他の多くの肺の病態(例,COPD肺線維症肺炎胸水)でも起こる可能性がある。不均衡を示す血流欠損でPEに類似している所見は,肺血管炎,肺静脈閉塞症,およびサルコイドーシスなどでみられる場合がある。

結果はV/Q不均衡のパターンに基づいて,一般的には以下のように報告される:

  • 正常:ほぼ100%の精度でPEを除外

  • 確率が非常に低い:PEの確率は5%未満

  • 確率が低い:PEの可能性は15%

  • 確率が中等度:PEの確率は30~40%

  • 確率が高い:PEの確率は80~90%

治療またはさらなる検査の必要性を判断するため,臨床的な確率検査の結果を画像検査の結果とともに用いなければならない(6)。

duplex法による超音波検査は,下肢または腕の血栓を検出する上で,安全かつ非侵襲的な検査であり,装置は持ち運び可能である。静脈の圧縮性が乏しいこと,またはドプラ超音波で血流が低下していることにより,血栓を検出できる。この検査は血栓に対して > 95%の感度および > 95%の特異度を有する。腓腹部または腸骨の静脈におけるDVTの確認はさらに困難な場合があるが,一般的には可能である。超音波技師は,常に膝窩静脈の下から3枝に分かれる箇所まで画像化するよう試みるべきである。

下肢の静脈に血栓が認められないからといって,上肢または骨盤の血管など他の血栓源を除外できるわけではないが,他の血栓源の頻度ははるかに低いため,DVTの疑いがありduplex法によるドプラ超音波検査が陰性である患者のイベントフリー生存率は > 95%である。

下肢または腕の超音波検査はPEの診断に有用ではない;下肢または腋窩鎖骨下の血栓が明らかになれば抗凝固療法の必要性は確定するが,より積極的な治療(例,血栓溶解療法)が考慮されていなければ,それ以上の診断検査は不要としてもよい。そのことから,超音波検査で下肢または腕におけるDVTの検出後に診断評価を中止することは,状態が安定している患者で造影CTが禁忌であり,かつV/Qシンチグラフィーで高い特異度が期待されない場合(例,胸部X線に異常がある場合)に最も適切である。急性PEの疑いがある場合は,超音波検査が陰性でも,追加検査の必要性は否定されない。

パール&ピットフォール

  • 急性肺塞栓症の疑いがある場合は,超音波検査により静脈血栓症を認めない場合でも,PEは除外されない。

心エコー検査では右房または右室の血栓を検出できる可能性があるが,この検査の最も一般的な用途は急性PEのリスク層別化である。右室拡大および壁運動低下の存在は,より積極的な治療の必要性を示唆している可能性がある。

心筋マーカー検査は,急性肺塞栓症の患者の死亡リスクを層別化する有用な方法である。心筋マーカー検査はPEの疑いがある,またはその存在が証明された際に,他の検査の補助として使用できる。トロポニン値の上昇は,右室(またはときに左室)の虚血を意味する。脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)およびpro-BNP値の上昇は,右室機能障害を意味する可能性があるが,これらの検査は右室機能障害またはPEに対して特異的ではない。

血栓性疾患(栓友病)の検査はルーチンに行うべきではない。検査は,非誘発性の(すなわち,危険因子や原因がわかっていない)PE患者で検討すべきであり,若年(60歳未満)であるか,繰り返すPEまたは家族歴がある場合は特に重要である。抗リン脂質抗体症候群などの特定の栓友病は,その疾患に固有の抗凝固療法を必要とする。適切な臨床状況下では,SARS-CoV-2感染症を考慮すべきである。

非侵襲的なCT血管造影で同様の感度および特異度が得られるため,急性PEの診断に肺動脈造影が必要とされることはほとんどない。しかしながら,カテーテル血栓溶解療法を受けている患者では,肺血管造影がカテーテル留置の評価に有用であるほか,手技の成功を迅速に確認する方法としてカテーテル抜去時に施行されることもある。肺動脈造影はまた,慢性血栓塞栓性肺高血圧症の患者が肺動脈内膜摘除術の適応となるかを評価するため,右心カテーテルとともに使用される。

診断に関する参考文献

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肺塞栓症の一般的治療

  • 支持療法

  • 抗凝固療法

  • 下大静脈フィルター留置術(選択された患者においてまれに)

  • 血栓溶解療法または塞栓除去術による血栓量(clot burden)の迅速な減量(選択された患者において)

支持療法の必要性に対する迅速な評価を行うべきである。低酸素血症の患者には,酸素を投与すべきである。広範型PEによる低血圧のある患者では,効果および体液量の状態に細心の注意を払いながら,輸液をボーラス投与すべきである。右室への過負荷は病態の悪化につながる可能性があるため,慎重を期するべきである。輸液によって十分に血圧を上げられない場合は,昇圧薬を投与することもある。ノルアドレナリンは最も頻用されている第1選択薬である。右室機能に応じて,ドブタミンやミルリノンなどの強心薬も考慮すべきである。

一般に以下のことが言える:

  • 低リスク患者には抗凝固療法のみを行うべきである

  • 高リスク患者には,抗凝固療法に加えて,全身的血栓溶解療法もしくは外科的またはカテーテル治療などの追加的処置が必要である

中リスク(中高リスクまたは中低リスク)の患者では,治療の選択はより複雑である。中低リスクの患者は,抗凝固療法単独で治療されることが最も多い。しかしながら,中リスクに分類される患者では,以下を含む全体的な臨床像を繰り返し評価し,臨床的な悪化がないかを確認する必要がある:

  • バイタルサインの悪化

  • 心エコー検査での右室機能障害の重症度

  • 酸素の量および昇圧薬の必要性

  • 血栓の量および位置

抗凝固療法はPE治療の中心であり,輸液蘇生(fluid resuscitation)後も消失しない低血圧のある患者,および右室機能障害または酸素需要の増加を伴う選択された患者には,血栓溶解療法または塞栓除去術による血栓量(clot burden)の迅速な減量が適応となる。抗凝固療法が禁忌の患者,または抗凝固療法の施行にもかかわらずPEを再発する患者には,抜去可能な経皮的下大静脈フィルター(IVCF)の留置を考慮すべきである。例えば,急性PEがあり,下肢に残存血栓があるが抗凝固療法を受けられない患者には,深部静脈血栓症のリスクが持続するため,フィルターを留置すべきである。

大半のPE患者は,少なくとも24~48時間入院させる必要がある。バイタルサインの異常がある患者,もしくは高リスクまたは中リスクのPE患者では,より長期間の入院が必要である。

高リスクPEの患者はICU(集中治療室)への入室が必要である。以下のある患者でもICUへの入室を検討すべきである:

  • 広範な血栓量(clot burden)

  • 右室の機能低下

  • 有意な低酸素血症

  • 低血圧(境界低値を含む)

  • 臨床像の悪化

PEが偶然発見された低リスク患者の選択された症例,または血栓量(clot burden)が極めて少なく症状が最小限の患者では,バイタルサインが安定していて,教育が施されており,外来治療およびフォローアップの妥当な計画が存在すれば外来管理を行ってもよい。

肺塞栓症対応チーム(PERT)

治療法の選択肢が進化しており,ランダム化比較試験が実施されていないことを考慮すると,個々の患者に適切な治療法を選択することは困難な場合がある。患者を迅速に評価し,肺塞栓症のリスクレベルを判定し,必要とされる複雑な治療法を決定するために,多くの病院で集学的な臨床医グループ(肺塞栓症対応チーム)が活用されている。このようなチームは,肺/集中治療,心血管インターベンション,IVR(interventional radiology),心臓胸部手術,血液学,救急医療,その他の専門領域の医師などで構成される。最近公表された単一施設の研究では,PERTにより管理される患者で出血率が低下し,抗凝固療法開始までの期間が短縮し,30日死亡率が低下し,かつIVCフィルターの使用が減少することが示されている。急性PEの管理におけるPERTの活用は,現在European Society of Cardiologyにより推奨されている(1, 2)。

一般的処置/治療に関する参考文献

  1. 1.Chaudhury P, Gadre SK, Schneider E, et al.Impact of Multidisciplinary Pulmonary Embolism Response Team Availability on Management and Outcomes. Am J Cardiol 2019;124(9):1465-1469.doi:10.1016/j.amjcard.2019.07.043

  2. 2.Konstantinides SV, Meyer G, Becattini C, et al.2019 ESC Guidelines for the diagnosis and management of acute pulmonary embolism developed in collaboration with the European Respiratory Society (ERS): The Task Force for the diagnosis and management of acute pulmonary embolism of the European Society of Cardiology (ESC). Eur Respir J 2019;54(3):1901647.doi:10.1183/13993003.01647-2019

肺塞栓症における抗凝固療法

初期抗凝固療法およびその後の抗凝固維持療法は急性肺塞栓症の患者に適応となり,新たな血栓の形成はもちろんのこと,さらなる塞栓を予防する目的で行われる。出血リスクが低いとみなされる限り,PEが強く疑われる場合は常に,急性PEのための抗凝固療法を開始すべきである。あるいは,診断され次第速やかに抗凝固療法を開始すべきである。

小さな,亜区域レベルの血管内の塞栓(特に無症状で偶然発見された塞栓)を治療することの便益および害の可能性は現在のところ不明であり,特定の患者では害が便益を上回る可能性もある。それでも,大多数の患者に治療が推奨される。

抗凝固療法の主要な合併症は出血であり,入院中は出血がないか患者を注意深く観察すべきである。

初期抗凝固療法

急性PEに対する初期抗凝固療法の選択肢は以下の通りである:

  • 未分画ヘパリンの静脈内投与

  • 低分子ヘパリンの皮下投与

  • 第Xa因子阻害薬(アピキサバン,エドキサバン,またはリバーロキサバンの内服,もしくはフォンダパリヌクスの皮下注射)

  • ヘパリン起因性血小板減少症の患者に対し,直接トロンビン阻害薬(アルガトロバン,ダビガトラン)

静脈内投与による未分画ヘパリンは,半減期が短く(出血の可能性が通常より高いと考えられる場合に有用である),プロタミンで中和できる。未分画ヘパリンの初回ボーラス投与後,活性化部分トロンボプラスチン時間(PTT)が正常値の1.5~2.5倍となるようプロトコルに指定された用量でヘパリンの点滴を行うべきである。そのため,未分画ヘパリンを投与する際は,入院が必要である。さらに,未分画ヘパリンの薬物動態は比較的予測が難しく,結果として抗凝固作用が過剰な時期と過少な時期がしばしば生じるため,頻回の用量調節が必要となる。血栓溶解療法の施行または検討時,もしくは患者に出血リスクがある場合に,一部の医師がこの未分画ヘパリンの静脈内投与を好むのは,もし出血が起きたとしても,半減期が短いために投与中止後すぐに抗凝固効果が消失するためである。

低分子ヘパリンの皮下投与は未分画ヘパリンに比較して以下のような長所がある:

  • 優れた生物学的利用能

  • 体重に基づく用量の低分子ヘパリンは,体重に基づく用量の未分画ヘパリンに比べ,抗凝固効果が予測しやすく,より迅速に治療によるカバーが可能である。

  • 投与が簡便である(1日1回または2回の皮下投与で済む)

  • 出血の発生率が低い

  • おそらく転帰がより良好である

  • 患者による自己注射が可能である(そのためより早く退院できる)

  • 標準である未分画ヘパリンに比べ,ヘパリン起因性血小板減少症を起こすリスクが低い

使用できる低分子ヘパリンには,ダルテパリン,エノキサパリン,チンザパリンなどがある。

腎機能不全のある患者では,用量減量が必要であり,血清第Xa因子濃度の測定により用量が適切であるかを検証する(目標濃度:4回目投与後3~4時間の時点の測定で,0.5~1.2IU/mL)。低分子ヘパリンは一般に重度の腎機能不全のある患者(クレアチニンクリアランス < 30mL/min)では禁忌である。低分子ヘパリンの作用は部分的にプロタミンで中和できる。

全てのヘパリンの有害作用は以下の通りである:

未分画ヘパリンによるヘパリン過剰を原因とする出血は,プロタミンの点滴で治療できる。低分子ヘパリンによるヘパリン過剰も,プロタミンで治療できる。

フォンダパリヌクスは皮下注射で投与する第Xa因子拮抗薬である。急性DVTおよび急性PEにおいて,ヘパリンまたは低分子ヘパリンの代わりに使用できる。転帰は未分画ヘパリンを使用した場合と同様と考えられる。長所は,1日1回または2回の固定用量の投与で済むこと,抗凝固効果のモニタリングを行う必要がないこと,また血小板減少を起こすリスクがより少ないことなどである。この薬剤はクレアチニンクリアランスが < 30mL/minの場合,禁忌である。

その他の新しい第Xa因子阻害薬にはアピキサバン,リバーロキサバン,およびエドキサバンがあり,長所として,経口の固定用量があること,抗凝固作用のモニタリングを行う必要なしに抗凝固維持療法として使用できることなどが挙げられる。これらが他の薬剤と有害な相互作用を起こすことは少ないが,アゾール系抗真菌薬および旧来のHIV治療薬(プロテアーゼ阻害薬)は経口第Xa因子阻害薬の濃度を上昇させ,特定の抗てんかん薬およびリファンピシンは,経口第Xa因子阻害薬の濃度を低下させる。リバーロキサバンおよびアピキサバンは,初期治療として使用する場合,非経口(parenteral)抗凝固薬の併用を必要としないが,エドキサバンは5~10日間にわたり非経口(parenteral)抗凝固薬の使用を必要とする。

腎機能不全のある患者は,用量減量の適応となる。アピキサバンは腎機能不全患者に使用でき,血液透析を受けている患者にも安全に使用できる。

経口第Xa因子阻害薬(リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン)の抗凝固作用はアンデキサネットにより中和できるが,この薬剤はあまり広く利用されていない。フォンダパリヌクスの作用は,遺伝子組換え活性化第VII因子によって中和できる可能性がある(1)。また,新しい第Xa因子阻害薬の半減期は,ワルファリンの半減期よりはるかに短い。中和を必要とする出血が生じた場合,4因子含有プロトロンビン複合体製剤の使用を検討でき,血液科へのコンサルテーションが推奨される。

重度の心肺代償不全を合併したPE患者へのこれらの薬剤の使用については,まだ安全性および有効性が研究されておらず,これらの患者の抗凝固療法としては,心肺機能が大幅に改善されるまで,非経口(parenteral)製剤を使用すべきである。

直接トロンビン阻害薬であるダビガトランも,急性DVTおよびPEの治療に効果的である。ダビガトランは,初期治療として使用する場合,非経口(parenteral)抗凝固薬の併用を必要とする。イダルシズマブはダビガトランの中和に効果的である。

最後に,ヘパリン起因性血小板減少症が疑われるか,その診断が確定した患者では,抗凝固療法としてアルガトロバンの静脈内投与またはフォンダパリヌクスの皮下投与を行うことができる。このような状況での直接作用型経口抗凝固薬の使用は安全であることが最近のメタアナリシスで明らかにされている(2)。

抗凝固維持療法

抗凝固維持療法は,血栓の伸展および塞栓のリスクを減少させるため,ならびに新たな血栓形成のリスクを減少させるために適応となる。抗凝固維持療法の薬剤の選択肢は以下の通りである:

  • 経口ビタミンK拮抗薬(VKA)(米国ではワルファリン)

  • 経口第Xa因子阻害薬(アピキサバン,リバーロキサバン,エドキサバン)

  • 経口直接トロンビン阻害薬(ダビガトラン)

  • まれに低分子ヘパリンまたはフォンダパリヌクスの皮下投与

ワルファリンは,長期間投与する効果的な経口抗凝固薬であり,数十年にわたって使用されているが,いくつかの理由で不便である。大半の患者で,ワルファリンは初期抗凝固療法に用いられるヘパリン(またはフォンダパリヌクス)と同じ日に開始される。ヘパリン(またはフォンダパリヌクス)療法とワルファリン療法は少なくとも5日間,かつ国際標準化比(INR)が少なくとも24時間治療域(2.0~3.0)にとどまるまで,併用すべきである。

ワルファリンの主な短所は,定期的なINRモニタリングの必要性,頻繁な用量調節,ならびに他の薬剤,サプリメント,および食物との相互作用である。ワルファリンを処方する医師はそのような作用に注意すべきであり,ワルファリンを服用している患者では,実質的に新しく開始する全ての薬剤または物質をチェックすべきである。

出血はワルファリン治療の最も頻度の高い合併症であり,65歳以上の患者,ならびに併存症(特に糖尿病,最近の心筋梗塞,ヘマトクリット < 30%,またはクレアチニン > 1.5mg/dL[> 133 μmol/L])および脳卒中または消化管出血の既往がある患者は,リスクが最も高いと考えられる。出血は,ビタミンKの静注または経口投与にて止血でき,また緊急の場合は新鮮凍結血漿または,新しい濃縮製剤(第II因子[プロトロンビン],第VII因子,第IX因子第X因子,プロテインC,およびプロテインSを含むプロトロンビン複合体製剤)を用いて止血できる。ビタミンKは,紅潮,局所痛,およびまれにアナフィラキシーを引き起こすことがある。

ワルファリン誘発性の皮膚壊死は,ワルファリン治療の深刻な合併症であり,ワルファリンの開始に伴って生じうる逆説的凝固亢進状態である。ワルファリンは,ビタミンK依存性凝固因子である第II,VII,IX,およびX因子を不活化する。それと同時に,ビタミンK依存性タンパク質であるプロテインCおよびSが不活性化される。これが逆説的凝固亢進状態を引き起こすことがあり,その結果表皮および皮下の細静脈に微小血栓が形成され,皮膚壊死を来す。このような注意点があることと,より簡便な経口抗凝固薬が開発されていることから,ワルファリンの使用量はかなり減少している。しかしながら,費用を考慮すると,一部の患者にとっては依然としてワルファリンは妥当な治療選択肢である。

パール&ピットフォール

  • ワルファリンを服用している患者では,実質的に新しく開始する全ての薬剤またはサプリメントについて,相互作用の可能性がないかチェックすべきである。

経口第Xa因子阻害薬であるアピキサバン,エドキサバン,およびリバーロキサバンは,初期抗凝固療法としても抗凝固維持療法としても使用できる(経口抗凝固薬の表を参照)。これらの薬剤は固定用量があり,抗凝固効果のモニタリングを行う必要がないこと,またワルファリンに比べて相互作用も少ないことから,ワルファリンよりも便利である。臨床試験において,リバーロキサバン(3, 4),アピキサバン(5),およびエドキサバン(6)は,(非劣性解析において)ワルファリンと同程度のDVTおよびPE再発予防効果を示した。大規模な第III相ランダム化比較試験のメタアナリシスによると,頭蓋内出血を含む大出血の発生率はワルファリンより経口第Xa因子阻害薬で有意に低かった(7)。リバーロキサバンおよびアピキサバンに共通する別の利点は,6~12カ月の治療後,用量を減量できる場合があることである(8)。

重要な注意点の1つは,エドキサバンを使用する場合,その前にヘパリンまたは低分子ヘパリンによる5~10日間の初期治療が必要となることである。

直接トロンビン阻害薬であるダビガトランも,抗凝固維持療法に使用できる。エドキサバンと同様,ダビガトランを開始する前に,5~10日間の未分画ヘパリンまたは低分子ヘパリンによる治療が必要である。ダビガトランの方がワルファリンよりも臨床的に重要な出血は少なかった。ダビガトランを維持療法に使用することの長所および短所は,第Xa因子阻害薬の場合と同じである。

エドキサバンまたはダビガトランを投与する前のヘパリンによる初期療法の必要性は,単に臨床試験がそのように実施されたことを反映している。

表&コラム
表&コラム

低分子ヘパリンの皮下投与は,主に肺塞栓症のリスクが高いがん患者または他の抗凝固薬を使用しても肺塞栓症を再発する患者に使用される。しかしながら,がん患者を対象としたアピキサバン,エドキサバン,およびリバーロキサバンに関する複数の試験が最近完了しており,現在ではこれらの薬剤が低分子ヘパリンよりも推奨されている(9)。

アスピリンの長期維持療法における使用が研究されている。プラセボよりは効果的であるが,使用可能な他の抗凝固薬のいずれよりも効果的でないようである。すでに6~12カ月にわたる抗凝固療法を受けている患者において,リバーロキサバン10mg,1日1回の投与は,アスピリンよりDVT/PEの再発予防に効果的であり,安全性はアスピリンと同程度であることがわかっている(8)。

抗凝固療法の期間

PEに対する抗凝固維持療法の期間は多様な因子(例,PEの危険因子,出血リスク)に依存し,3カ月から生涯にわたる投与まで幅がある。危険因子が明らかに一時的な場合(例,不動状態,最近の手術,外傷),抗凝固療法は3カ月のみでよい。非誘発性のPE患者,より持続的なPEの危険因子(例,がん,血栓性疾患)がある患者,およびPEが再発する患者には,出血リスクが軽度または中等度であれば,生涯にわたる抗凝固療法が有益となりうる。非誘発性の静脈血栓塞栓症の患者では,出血リスクと凝固リスクを年1回評価すべきであり,抗凝固療法の継続について情報を提供した上で共同で決定を下すべきである。

出血の危険因子としては以下のものがある:

  • 年齢65歳以上

  • 出血の既往

  • 血小板減少

  • 抗血小板療法

  • 抗凝固作用のコントロール不良

  • 頻繁な転倒

  • 肝不全

  • アルコール乱用

  • 最近の手術

  • 呼吸機能低下

  • 脳卒中の既往

  • 糖尿病

  • 貧血

  • がん

  • 腎不全

出血のリスクが低いとは,出血の危険因子がないことと定義され,出血のリスクが中等度とは,危険因子が1つあることと定義され,出血のリスクが高いとは,危険因子が2つ以上あることと定義されている。

上述のように,長期抗凝固療法が適切とみなされる患者では,リバーロキサバンまたはアピキサバンによる6カ月の治療後,用量の減量を検討できる。

抗凝固療法に関する参考文献

  1. 1.Yee J, Kaide CG.Emergency Reversal of Anticoagulation. West J Emerg Med 2019;20(5):770-783.doi:10.5811/westjem.2018.5.38235

  2. 2.Nilius H, Kaufmann J, Cuker A, Nagler M.Comparative effectiveness and safety of anticoagulants for the treatment of heparin-induced thrombocytopenia. Am J Hematol 2021;96(7):805-815.doi:10.1002/ajh.26194

  3. 3.EINSTEIN Investigators, Bauersachs R, Berkowitz SD, et al: Oral rivaroxaban for symptomatic venous thromboembolism.N Engl J Med 363(26):2499–2510, 2010.

  4. 4.EINSTEIN-PE Investigators, Buller HR, Prins MH, et al: Oral rivaroxaban for the treatment of symptomatic pulmonary embolism.N Engl J Med 366 (14):1287–1297, 2012.

  5. 5.Agnelli G, Buller HR, Cohen A, et al: Oral apixaban for the treatment of acute venous thromboembolism.N Engl J Med 369(9):799–808, 2013.

  6. 6.Hokusai-VTE Investigators, Buller HR, Decousus H, et al: Edoxaban versus warfarin for the treatment of symptomatic venous thromboembolism.N Engl J Med 369(15): 1406–1415, 2013.

  7. 7.van Es N, Coppens M, Schulman S, et al: Direct oral anticoagulants compared with vitamin K antagonists for acute symptomatic venous thromboembolism: evidence from phase 3 trials.Blood124 (12): 1968–1975, 2014.

  8. 8.Weitz JI, Lensing AWA, Prins MH, et al: Rivaroxaban or aspirin for extended treatment of venous thromboembolism.N Engl J Med 376:1211–1222, 2017.doi: 10.1056/NEJMoa1700518.

  9. 9.Stevens SM, Woller SC, Kreuziger LB, et al: Antithrombotic therapy for VTE disease: Second update of the CHEST Guideline and Expert Panel Report [published correction appears in Chest 2022 Jul;162(1):269]. Chest 2021;160(6):e545-e608.doi:10.1016/j.chest.2021.07.055

血栓量(clot burden)の迅速な減量

輸液蘇生(fluid resuscitation)後も消失しない低血圧を伴う急性肺塞栓症(高リスク/広範型PE)に対しては,塞栓除去術,もしくは点滴静注による溶解またはカテーテル血栓溶解療法を用いた血栓除去を考慮すべきである。低血圧で昇圧薬を必要とする患者は明らかな対象である。輸液を行っているにもかかわらず,収縮期血圧が90mmHg未満の状態,または収縮期血圧がベースラインから40mmHgを越えて低下している状態が15分以上続く患者は,血行動態が障害されており,同様に対象となる。

軽度の右室機能障害の患者(臨床,心電図,または心エコー検査の所見に基づく)には,一般に抗凝固単独療法が推奨されるが,右室の障害および/または低酸素血症が重度であれば,たとえ低血圧がなくても,血栓溶解療法または塞栓除去術が必要となりうる(特に心拍数の上昇または酸素飽和度もしくは血圧の低下などから悪化の可能性が高いと思われる場合)。

全身的血栓溶解療法

アルテプラーゼ(組織プラスミノーゲンアクチベーター[tPA])による全身的血栓溶解療法は,急速に肺血流量を回復するための非侵襲的な方法であるが,一部の患者では長期的な便益が出血リスクに明らかに勝るわけではない。血行動態が損なわれている患者で,禁忌がない場合(特に血栓負荷を急速に軽減する他の方法がすぐに利用できない場合)は,全身的血栓溶解療法を行うべきであると専門家は認めている。中リスク/亜広範型PE患者における全身的血栓溶解療法による生存率の改善を前向きに証明したランダム化臨床試験はないが,一部の専門家は血栓溶解療法を推奨しており,多数の血栓または大きな血栓,非常に重度の右室機能障害,著明な頻脈,有意な低酸素血症,その他の所見(下肢の残存血栓,トロポニン陽性,BNP高値など)が認められ,その使用に対して積極的な禁忌がない場合,特に強く推奨している。その他の専門家は,高リスク(広範型)PE患者にのみ血栓溶解療法を施行している。

血栓溶解療法の絶対的禁忌としては以下のものがある:

  • 出血性脳卒中の既往

  • 1年以内の虚血性脳卒中

  • 活動性の外出血または内出血(出血源を問わない)

  • 2カ月以内の頭蓋内損傷または手術

  • 頭蓋内腫瘍

  • 過去数週間以内の特定の手術

相対的禁忌としては以下のものがある:

  • 年齢 > 75歳

  • 最近の手術(10日以内)

  • 出血性素因(肝機能不全でみられるような)

  • 妊娠

  • 圧迫困難な太い静脈(例,鎖骨下静脈)に対する最近の穿刺

  • 最近の大腿動脈カテーテル(例,10日以内)

  • 消化性潰瘍または出血リスクを高めるその他の病態

  • 重症高血圧(収縮期血圧 > 180mmHgまたは拡張期血圧 > 110mmHg)

  • PEに誘発された失神による頭部外傷(たとえ脳CTが正常であっても)

高リスク(広範型)PEの患者で,血栓溶解療法に対する「絶対的禁忌」がある場合であっても,介入を行わなければ死亡が予想される場合は,脳内出血が併存する場合を除いて,血栓溶解療法がときに実施される。相対的禁忌の患者では,全身的血栓溶解療法を行うかどうかの決定は個々の患者因子に依存する。

米国では,全身的血栓溶解療法にはアルテプラーゼ(tPA)が使用される。ストレプトキナーゼおよびウロキナーゼは急性PEにはもはや使用されていない。

米国では,全身的血栓溶解療法施行時には,ヘパリンは初回負荷投与後に通常中止する。しかしながら欧州では,ヘパリンはしばしば継続され,どちらの方法が望ましいかについて明らかな決定はなされていない。出血リスクを考慮すべきである。

もし出血が起こった場合は,クリオプレシピテートまたは新鮮凍結血漿により止血できる。出血源の血管に到達可能である場合は,圧迫してもよい。全身的血栓溶解療法後は出血リスクがあることから,はるかに少量の血栓溶解薬の使用で済むカテーテル血栓溶解療法の実施頻度が増加してきている。

カテーテル治療

カテーテルによるPE治療(血栓溶解療法,塞栓除去)では,血栓の破砕,除去,かつ/または溶解のためカテーテルを肺動脈に留置する。高リスク患者および中高リスク患者における適応が拡大している。カテーテル血栓溶解療法では,典型的な肺動脈血管造影の手順を用いて肺動脈にアクセスし,近位部の大きな塞栓にカテーテルから血栓溶解薬を直接投与する。最も広く研究されている手法では,高周波低出力の超音波が使用される。超音波は,フィブリン線維を分解し,溶解薬の血栓への浸透性を増強することで,血栓溶解を加速する。これまでの研究は主に単一群の研究とレジストリに限られている。あるランダム化比較試験(ULTIMA試験)では,近位部に血栓があり右室ストレインの所見が認められる患者にカテーテル血栓溶解療法を施行すると,抗凝固療法単独と比べて24時間時点での右室/左室比が改善することが実証された(1)。しかし,右室機能,90日時点での右室/左室比,および90日死亡率に群間差は認められなかった(1)。

機械的破壊,すなわち血栓溶解を伴わない血栓吸引術による血栓の除去が,より広く用いられるようになってきている。その機序として,直接吸引したり吸引により断片化したりする方法がある。この目的に使用されるデバイスは,カテーテルのサイズおよび塞栓除去の方法がそれぞれ異なる。血栓溶解療法の禁忌がある場合は,外科的塞栓除去術の前にカテーテル血栓吸引術を考慮し,治療施設に十分な設備と専門技術があるならば,これを試みてもよい。血栓吸引術のデバイスの使用に関するデータは,単一群の研究およびレジストリに登録された中高リスク患者または高リスク患者に限られている(2)。PE患者におけるこれらのデバイスの適切な使用を決定するためのランダム化比較試験が進行中である。

外科的塞栓除去術

外科的塞栓除去術は,支持療法にもかかわらず低血圧の続く患者(輸液療法および酸素投与後も収縮期血圧 90mmHgが持続する,または昇圧薬投与を要する),または心肺停止寸前の患者にのみ行うべきである。外科的塞栓除去術は,血栓溶解療法の禁忌がある場合に考慮できるが,まずはカテーテル血栓吸引術が試みられることもある。カテーテルによる塞栓/血栓除去と同様,外科的塞栓除去術を施行する決断および手技の選択は,その施設の設備および専門知識の有無に依存する。カテーテルを用いた経皮的手技が普及するにつれて,急性PEの管理戦略として外科的塞栓除去術を行う頻度は減少している。

体外式膜型人工肺

体外式膜型人工肺(ECMO)は,血栓溶解療法が禁忌であるか不成功に終わった,劇症型(catastrophic)急性PEで使用される機会が増えている。ECMOは,外科的塞栓除去術またはカテーテル治療までのブリッジとして使用されたり,抗凝固療法のみの治療で改善までの時間稼ぎに使用されたりする。

血栓量(clot burden)の迅速な減量に関する参考文献

  1. 1.Kucher N, Boekstegers P, Müller OJ, et al.Randomized, controlled trial of ultrasound-assisted catheter-directed thrombolysis for acute intermediate-risk pulmonary embolism. Circulation 2014;129(4):479-486.doi:10.1161/CIRCULATIONAHA.113.005544

  2. 2.Hountras P, Bull TM.Advanced therapies for pulmonary embolism. Curr Opin Pulm Med 2020;26(5):397-405.doi:10.1097/MCP.0000000000000714

肺塞栓症の予後

肺塞栓症による死亡の大半は,発症後1時間以内に発生する(1)。急性PEの結果死亡する患者の多くは,死亡前に一度もPEを診断されることはない。実際,これらの患者の大半でPEは疑われていない。院内全死亡率は,安定している患者では約8%,心原性ショックを呈する患者では25%,心肺蘇生を必要とする患者では65%と幅がある(2)。

死亡率を下げるために取りうる最善の策は以下の通りである:

  • 診断頻度を増やす(例,非特異的ながらPEに合致する症候がみられる場合は,鑑別診断にPEを含める)

  • 診断速度を上げる

  • より優れたリスク層別化を行う

  • 抗凝固療法開始の速度を上げる

  • リスクのある患者に適切な予防策を講じる

非常に高いDダイマーの値は,不良な予後を予測するようである。

慢性血栓塞栓症の患者は,少数ではあるが重要な生存するPEの患者である。抗凝固療法により,PE再発率は約5%にまで低下し,一部の症例ではさらに低くなる。

予後に関する参考文献

  1. 1.Wood KE.Major pulmonary embolism: review of a pathophysiologic approach to the golden hour of hemodynamically significant pulmonary embolism. Chest 2002;121(3):877-905.doi:10.1378/chest.121.3.877

  2. 2.Kasper W, Konstantinides S, Geibel A, et al.Management strategies and determinants of outcome in acute major pulmonary embolism: results of a multicenter registry. J Am Coll Cardiol 1997;30(5):1165-1171.doi:10.1016/s0735-1097(97)00319-7

肺塞栓症の予防

急性静脈血栓塞栓症の予防

肺塞栓症の予防とはすなわち深部静脈血栓症(DVT)の予防であり,その必要性は以下のように患者のリスクに依存する:

  • 手術の種類および所要時間

  • がんや凝固亢進疾患などの併存疾患

  • 中心静脈カテーテルの存在

  • DVTまたはPEの既往

急性静脈血栓塞栓症の予防は,寝たきりの入院患者や外科手術(特に整形外科)を受ける患者に非常に有益であり,そのような患者の大部分は,血栓が形成される前に同定できる(血栓症のリスク評価の表を参照)。予防法として,低用量未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,ワルファリン,フォンダパリヌクス,直接作用型経口抗凝固薬(例,リバーロキサバン,アピキサバン),圧迫装置,および弾性ストッキングなどがある。

薬剤および装置の選択は多様な要因に依存し,患者の人口統計学的特性,既知のリスク,禁忌(例,出血リスク),相対的費用,および簡便さなどを考慮する。American College of Chest Physiciansが発行した,急性DVT予防に関するエビデンスに基づく包括的推奨策には,手術患者および非手術患者,ならびに妊娠中における予防期間などが記載されている(1, 2)。予防の必要性は,数多くの患者集団を対象に研究されている。

手術の種類および患者固有の因子がDVTのリスクを決定する。独立した危険因子としては以下のものがある:

  • 年齢60歳以上

  • DVTまたはPEの既往

  • がん

  • 2 時間の麻酔

  • 4日の安静臥床

  • 男性

  • ≥ 2日の入院

  • 敗血症

  • 妊娠または分娩後

  • 中心静脈路

  • BMI(body mass index) > 40

Capriniスコアは,手術患者におけるDVTリスクの層別化,およびDVT予防の必要性の決定に一般的に使用される(血栓症のリスク評価の表を参照)。

表&コラム
表&コラム

DVT予防の必要性は,リスク評価スコアに基づく(Capriniスコアに基づく予防の表を参照)。適切な予防法は,早期離床からヘパリンの使用まで合計スコアによって様々である。

表&コラム
表&コラム

肺塞栓症予防のための薬剤レジメン

DVT予防のための薬物療法は,術中出血を避けるため,通常は術後まで延期される。しかしながら,術前予防も効果的である。

一般的な手術患者には,低用量未分画ヘパリンを7~10日間,または患者が完全に歩行できるようになるまで続ける。手術を受けない不動状態の患者にも,低用量未分画ヘパリンを投与すべきであり,患者が歩行できるようになるまで続ける。

低分子ヘパリンDVT予防に対する用量は,個々の薬剤ごとに異なる(エノキサパリン,ダルテパリン,チンザパリン)。DVTおよびPEの予防に対しては,低分子ヘパリンは少なくとも低用量未分画ヘパリンと同等の効果がある。

フォンダパリヌクス2.5mg,皮下,1日1回の投与は,整形外科手術を受けた患者およびヘパリン起因性血小板減少症またはその他の状況(例えば整形外科の大手術後)にある患者において,低分子ヘパリンと同等に効果的である(3)。フォンダパリヌクスは選択的第Xa因子阻害薬である。

ワルファリンは,人工股関節または膝関節全置換術を行った患者において,INRを2~3に維持するよう調節した用量であれば,通常効果的で安全である。ワルファリンに代わって,直接作用型経口抗凝固薬がますます主流になりつつある。

直接作用型経口抗凝固薬であるリバーロキサバンおよびアピキサバンは第Xa因子阻害薬である。これらの薬剤は,人工膝関節または股関節全置換術を受ける患者における急性DVT/PEの予防に使用されている。

肺塞栓症予防のための器具

下大静脈フィルター,間欠的空気圧迫法(sequential compression devices[SCD]としても知られる),および段階的弾性ストッキングが,単独でまたは薬剤と併用して,PEの予防に用いられる。これらを単独で使用するか,組み合わせるかは,それぞれの適応による。

下大静脈フィルター(IVCF)は,下肢または骨盤の血管にDVTのある患者においてPEの予防に用いられるが,IVCFの留置により長期的合併症のリスクが生じる可能性がある。より最近のエビデンスでは,抗凝固療法を受けている患者で回収可能なフィルターを使用することの効果に疑問が投げかけられている(4)。フィルターの最も明らかな適応となるのは以下の患者である:

  • DVTが証明され,抗凝固療法が禁忌の患者

  • 十分な抗凝固療法にもかかわらずDVT(または塞栓)が再発する患者

  • 場合によっては,心肺機能が最低限であるために,小さくても新しい血栓の形成に耐えられるかどうかが懸念される患者

IVCFが長期留置されていると,静脈の側副血行が生じ,血栓がIVCFを迂回する経路ができるほか,ときにフィルターに血栓が形成されることもあるため,DVTが再発する患者またはDVTの是正不可能な危険因子をもつ患者では,それでもなお抗凝固療法が必要となりうる。IVCFは内頸静脈または大腿静脈カテーテルにより腎静脈の直下の下大静脈に留置される。現在使用されている大抵のIVCFは抜去可能である。ときに,フィルターが留置場所から外れ,静脈床を上方向に移動することがあり,心臓または肺血管に達することさえある。フィルター自体に血栓が形成されることもあり,重度の下肢静脈うっ滞(急性有痛性青股腫など),下半身虚血,および急性腎障害を引き起こす可能性がある(5)。

間欠的空気圧迫法(IPC)ではSCDを用いて下腿または下腿および大腿を外部から律動的に圧迫する。近位部のDVTより腓腹部のDVTの予防により効果的である。人工股関節または人工膝関節置換術後の単独予防法としては不十分であるが,他の種類の手術を受けた患者,もしくは内科患者でDVTのリスクが低いか,または出血リスクが高い場合にしばしば用いられる。予防的治療を受けていない間にoccult DVTが生じた不動状態の患者において,IPCは理論的にはPEを誘発しうる。

段階的弾性ストッキングは,下肢の外部からの空気圧迫ほど効果的でない可能性が高い。

肺塞栓症予防の選択肢

DVT/PEの発生率が高い手術の終了後には,低用量未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,または用量調節ワルファリンが推奨される。

膝または股関節の整形外科手術後の追加選択肢として,直接作用型経口抗凝固薬であるリバーロキサバンおよびアピキサバンなどがある。これらの薬剤は安全かつ効果的で,ワルファリンと異なり,抗凝固効果モニタリングのための臨床検査が不要である。

人工股関節全置換術を受けた患者は,術後35日間抗凝固薬の服用を継続すべきである。DVT/PEおよび出血のリスクが両方とも非常に高い選択された患者では,IVCFの一時的留置も1つの予防選択肢である。

待機的な脳神経外科手術を受ける患者でも,DVT/PEのリスクが高い。頭蓋内出血が懸念されるため,脳神経外科手術を受ける患者にはしばしば物理的な方法(SCDおよび弾性ストッキング)が用いられてきたが,低分子ヘパリンは代替選択肢として容認されているようである。具体的なガイドラインは存在しないものの,高リスク患者において,SCDと低分子ヘパリンの併用はそれぞれ単独よりも効果が高い可能性がある。

データは限られているが,脊髄損傷または多発外傷の患者に対するDVT/PE予防において,SCD,弾性ストッキング,および低分子ヘパリンの併用を支持する研究もある(6)。非常にリスクの高い患者ではIVCFの一時留置が考慮されることがある。

急性症状のある内科患者では,低用量未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,またはフォンダパリヌクスが投与されうる。抗凝固薬の禁忌がある場合,SCD,弾性ストッキング,またはその両方が用いられることがある。虚血性脳卒中の患者には,低用量未分画ヘパリンまたは低分子ヘパリンを使用でき,またSCD,弾性ストッキング,またはその両方が有益となりうる。

予防に関する参考文献

  1. 1.Kearon C, Akl EA, Ornelas J, et al.Antithrombotic Therapy for VTE Disease: CHEST Guideline and Expert Panel Report [published correction appears in Chest 2016 Oct;150(4):988]. Chest 2016;149(2):315-352.doi:10.1016/j.chest.2015.11.026

  2. 2.Stevens SM, Woller SC, Kreuziger LB, et al.Antithrombotic Therapy for VTE Disease: Second Update of the CHEST Guideline and Expert Panel Report [published correction appears in Chest 2022 Jul;162(1):269]. Chest 2021;160(6):e545-e608.doi:10.1016/j.chest.2021.07.055

  3. 3.Tran AH, Lee G.Fondaparinux for prevention of venous thromboembolism in major orthopedic surgery. Ann Pharmacother 2003;37(11):1632-1643.doi:10.1345/aph.1C104

  4. 4.Mismetti P, Laporte S, Pellerin O, et al.Effect of a retrievable inferior vena cava filter plus anticoagulation vs anticoagulation alone on risk of recurrent pulmonary embolism: a randomized clinical trial. JAMA 2015;313(16):1627-1635.doi:10.1001/jama.2015.3780

  5. 5.Marron RM, Rali P, Hountras P, Bull TM.Inferior Vena Cava Filters: Past, Present, and Future. Chest 2020;158(6):2579-2589.doi:10.1016/j.chest.2020.08.002

  6. 6.Aito S, Pieri A, D'Andrea M, Marcelli F, Cominelli E.Primary prevention of deep venous thrombosis and pulmonary embolism in acute spinal cord injured patients. Spinal Cord 2002;40(6):300-303.doi:10.1038/sj.sc.3101298

要点

  • 急性肺塞栓症(PE)は頻度が高く,また深刻となりうる内科的疾患である。

  • 急性PEで死亡する患者の大半では,PEが疑われることすらないのが実情であるため,臨床的に疑いをもつことと,確証をもって診断することが非常に重要である。

  • 抗凝固療法により生存率が改善するため,PEが診断された場合または強く疑われる場合は,抗凝固薬を投与すべきである。

  • 高リスク/広範型PE患者または一部の中リスク/亜広範型PE患者では,血栓溶解療法または塞栓除去術を考慮すべきである。

  • 深部静脈血栓症(およびPE)の予防は,リスクのある全ての入院患者で考慮すべきである。

より詳細な情報

有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. Konstantinides SV, Meyer G, Becattini C, et al: 2019 ESC Guidelines for the diagnosis and management of acute pulmonary embolism developed in collaboration with the European Respiratory Society (ERS).Eur Heart J.2020 Jan 21;41(4):543-603.doi: 10.1093/eurheartj/ehz405

  2. Stevens SM, Woller SC, Kreuziger LB, et al.Antithrombotic Therapy for VTE Disease: Second Update of the CHEST Guideline and Expert Panel Report [published correction appears in Chest 2022 Jul;162(1):269]. Chest 2021;160(6):e545-e608.doi:10.1016/j.chest.2021.07.055

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