腹水とは,腹腔内に液体が貯留した状態のことである。最も一般的な原因は門脈圧亢進症である。症状は通常,腹部膨隆により生じる。診断は身体診察のほか,しばしば超音波検査またはCTに基づく。治療法としては,食塩制限,利尿薬,腹腔穿刺などがある。腹水に感染が起こることもあり(特発性細菌性腹膜炎),しばしば疼痛と発熱を伴う。感染の診断には腹水の分析および培養が必要である。感染は抗菌薬で治療する。
腹水の病因
腹水は肝疾患の結果として生じるが,それらの障害は通常慢性であるが,ときに急性のこともある;肝臓と無関係の病態によって腹水が生じることもある。
肝臓に関連した原因としては以下のものがある:
門脈圧亢進症(原因が肝臓にある症例の90%以上を占める),通常は肝硬変によるもの
肝硬変を伴わない重度のアルコール性肝炎
肝静脈の閉塞(例,バッド-キアリ症候群)
門脈血栓症は,肝細胞障害を伴わない限り,通常腹水を引き起こさない。
肝臓と関連のない原因としては以下のものがある:
全身性疾患に伴う全身性の体液貯留(例,心不全,ネフローゼ症候群,重度の低アルブミン血症,収縮性心膜炎)
腹膜疾患(例,がん性または感染性腹膜炎,手術またはその他の処置による胆汁漏出)
比較的まれな原因として腎透析,膵炎,全身性エリテマトーデス,および内分泌疾患(例,粘液水腫)
腹水の病態生理
発生機序は複雑であり,完全には解明されていない。関係する因子としては,一酸化窒素により誘導される内臓の血管拡張,門脈血管におけるスターリング力の変化(低アルブミン血症による低浸透圧と門脈圧亢進),腎臓での過剰なナトリウム保持(尿中ナトリウム濃度は通常5mEq/L[5mmol/L]未満)などのほか,可能性としては肝リンパ形成の増加も挙げられる。
腎臓でのナトリウム保持に関連するとみられる機序としては,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化,交感神経系の緊張亢進,腎内血流の皮質を迂回するシャント,一酸化窒素の生成増加,抗利尿ホルモン,キニン,プロスタグランジンおよび心房性ナトリウム利尿ペプチドの生成または代謝の変化などがある。内臓の動脈循環における血管拡張が誘因となりうるが,それらの異常の具体的な役割や相互関係についてはまだ明らかではない。
腹水の症状と徴候
少量の腹水であれば症状はみられない。中等量の腹水では腹囲および体重の増加がみられる。大量の腹水は非特異的なびまん性の腹圧を生じるが,実際の疼痛はまれであり,ほかに急性腹痛の原因があることを示唆する。腹水が横隔膜を押し上げた場合,呼吸困難を生じることがある。特発性細菌性腹膜炎(SBP)の症状としては,それまではなかった腹部不快感や発熱などがある。
徴候には,濁音界の移動(腹部打診時に検出)および波動感がある。1500mL未満の量では,身体所見は生じないことがある。大量の腹水が生じると,腹壁が張り,臍窩の平坦化がみられる。肝疾患や腹膜障害における腹水は,通常は独立してみられるか,末梢の浮腫と不釣り合いに生じ,全身性疾患(例,心不全)では通常その逆となる。
腹水の診断
身体所見から診断が明確にならない限り,超音波検査またはCT
しばしば腹水の検査
大量の液体が貯留している場合,身体診察の所見に基づいて診断できるが,画像検査の方がより感度が高い。超音波検査およびCTでは,身体診察より少量の液体(100~200mL)を検出できる。腹痛,発熱,または原因不明の悪化がみられる腹水患者では,特発性細菌性腹膜炎(SBP)が疑われる。しかしながら,SBPが無症状に経過し,肝臓の合成機能の悪化や急性腎障害が唯一の徴候となる場合もある。また,治療の遅れは死亡率の上昇につながるため,治療閾値は低く設定すべきである。
下記のいずれかの状況では,診断的腹腔穿刺を行うべきである:
新たに腹水と診断された。
腹水の原因が不明である。
SBPが疑われる。
約50~100mLの腹水を採取し,肉眼所見,タンパク質濃度,細胞数および白血球分画,培養による分析を行い,臨床的に適応があれば,細胞診,抗酸菌染色,および/またはアミラーゼの分析も行う。炎症または感染による腹水とは対照的に,門脈圧亢進症による腹水は透明の淡黄色を呈し,タンパク質濃度および多形核白血球(PMN)数が低く(250/μL未満),また最も信頼性の高い情報として,血清腹水アルブミン濃度較差(SAAG,血清アルブミン濃度から腹水アルブミン濃度を引いた値)が高い。1.1g/dL(11g/L)以上のSAAGは,門脈圧亢進症による腹水に比較的特異的な所見である。腹水でのPMN数 > 250/μLはSBPを意味するが,血性腹水の場合には,腫瘍または結核が示唆される。まれにみられる乳状(乳び性)の腹水は,リンパ腫またはリンパ管閉塞で最もよくみられる。
腹水の治療
食塩制限
ときにスピロノラクトン,場合によりフロセミドを併用
ときに治療的腹腔穿刺
(American Association for the Study of Liver Diseases[AASLD]による腹水,特発性細菌性腹膜炎[SBP],および肝腎症候群の診断,評価,管理に関する2021年版ガイドラインも参照のこと。)
まずは食塩制限(1日2000mg)を行い,門脈圧亢進症による腹水には最もリスクの少ない治療を行う。厳格なナトリウム制限で数日内に利尿を開始できなかった場合は,利尿薬を使用すべきである。通常はスピロノラクトンが効果的である(50mg,1日1回~200mg,1日2回の範囲で経口投与)。スピロノラクトンでは不十分な場合は,ループ利尿薬(例,フロセミド20~160mg,経口,通常1日1回または20~80mg,経口,1日2回)を加える。スピロノラクトンはカリウムを保持し,フロセミドはカリウムを喪失させるため,これらの薬剤の併用により,カリウム異常のリスクを軽減しながら,至適な利尿が得られる場合が多い。水分制限は,低ナトリウム血症(血清ナトリウム値が125mEq/L[125mmol/L]未満)の治療のみ適応となる。
体重および尿中ナトリウム濃度値の変化が治療に対する反応を反映する。1日約0.5kgの体重減少が理想であるが,これは腹水コンパートメントからの移動がこれ以上速く進まないためである。より積極的な利尿は,特に末梢浮腫がみられない場合,血管内から体液を喪失させ,これにより腎不全や電解質平衡異常(例,低カリウム血症)が生じて,門脈大循環性脳症の誘因となることがある。末梢浮腫がある場合は,通常は1kg/日までのより積極的な利尿で忍容性良好となる(1)。持続性の腹水は,通常は不十分な食塩制限が原因である。
治療的腹腔穿刺を利尿薬と併用することができる。5L以上の腹水を除去した場合は,除去量1Lにつき25%アルブミン6~8gを投与すべきである。アルブミンは,肝腎症候群の誘因となりうる腹腔穿刺後の低血圧(腹腔穿刺後の循環機能障害)のリスクを低減するのに役立つ。治療的腹腔穿刺は利尿薬よりも迅速に腹水を減らすことができるが,腹水の再貯留を予防するために利尿薬の継続投与が必要である。
自己の腹水を再注入する方法(例,LeVeen腹腔静脈シャント術)は,しばしば合併症を引き起こすため,現在ではあまり用いられていない。経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)は門脈圧を低下させ,他の治療に抵抗性を示す腹水を効果的に治療できるが,TIPSは侵襲性が高く,門脈大循環性脳症や肝細胞機能の悪化などの合併症を引き起こすことがある。
難治性腹水とは,腹水が持続していて,最大用量の利尿薬投与(フロセミド160mgおよびスピロノラクトン400mg,1日1回)にもかかわらず穿刺を必要とする場合,または急性腎障害もしくは低血圧のために利尿薬に耐えられない場合と定義される。難治性腹水は肝移植のための紹介の適応である。
(AASLDによる腹水,SBP,および肝腎症候群の診断,評価,管理に関する2021年版ガイドラインも参照のこと。)
治療に関する参考文献
1. European Association for the Study of the Liver: EASL clinical practice guidelines for the management of patients with decompensated cirrhosis.J Hepatol 69:406-460, 2018.doi.org/10.1016/j.jhep.2018.03.024
要点
腹水とは,腹腔内に液体が貯留した状態であり,通常は門脈圧亢進症,ときにその他の肝内性または肝外性の病態によって引き起こされる。
中等度の腹水では腹囲および体重の増加がみられ,大量の腹水では腹部膨隆,腹圧,呼吸困難が生じ,腹水の貯留が1500mL未満なら無症候の場合もある。
診断が明らかでない限り,超音波検査またはCTにて腹水の存在を確認する。
新たに腹水が診断された場合,原因不明の場合,または特発性細菌性腹膜炎が疑われる場合には,腹腔穿刺を行い,腹水を検査する。
食塩制限を推奨するとともに,それで効果が不十分な場合は,利尿薬の使用と治療的腹腔穿刺を考慮する。
難治性腹水の患者は速やかに肝移植施設に紹介する。